中国の若者世代の価値観が大変貌、日本人を超えた!―【書評】中島恵著『中国人のお金の使い道』

八牧浩行    2021年2月20日(土) 5時30分

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異形の国・中国を留学や仕事を通じて30年以上ウォッチしてきたジャーナリストが多くの中国人から話を聞き、本音と実態を分析した力作。本書は特に「お金」にスポットを当て、驚きの実態を活写している。

「半年行かないと違う国になる」と言われるほど、中国の変貌ぶりはすさまじく、訪れるたびに度肝を抜かれる。本書は異形の国・中国を留学や仕事を通じて30年以上ウォッチしてきたジャーナリストが多くの中国人から話を聞き、その本音を分析した力作。日本人が普段気づかない、本当の日本の姿も浮かび上がる。

評者は中国庶民と触れ合う機会が度々あるが、日本で流布されるステレオタイプ的な「旧来の中国人論」に辟易することが多い。著者の一連の著作と同じく現場主義が貫かれ、実際の体験や取材に基づいた新鮮な切り口に共感した。著者はこれまでに多くの「中国庶民」の実像に迫る著作を上梓してきたが、本書は「お金」にスポットを当てている。

目次を俯瞰しただけでも「中国人がお金持ちになった理由」「子どもの教育費と老親の介護年金」「欲しいものを手に入れる若者たち」「美食と健康のためなら散財する」「給料だけではわからない本当の懐事情」「価値観の変化から見えてくる新しい中国人像」――などが興味をそそられる。 

◆購買力旺盛なZ世代が「中国の風習」を変えた

新型コロナの影響で景気後退に喘ぐ世界各国を尻目に、中国では景気が回復しつつある。中国の消費を牽引しているのは、購買力が旺盛なZ世代(1990年代後半以降生まれで、20歳代から30歳代)の若者たち。「豊かに育った彼らが何にお金を使っているのかを取材すると、従来の中国人像とはまったく違う、新しい傾向が見えてきた」と記す。

中国は急激に豊かになり、その実態は想像を絶する。中国の都市部の世帯の多くは、持ち家を平均1.5軒持っており、北京市の平均世帯資産は1億3392万円に上る。上海市の大卒初任給は30年前の190倍。中国人の資産の増やし方や消費傾向を紹介し、彼らのライフスタイルや価値観の変化を浮き彫りにする。 

今、中国の若者がお金をつぎ込む先は、自分の趣味。旅行やスポーツジム、食事などにもお金を使うが、物欲がとても強く、ブランドものだけでなく、他人から見ればガラクタに見えるようなものであっても、欲しいと思ったものには惜しみなくお金を使うという。

たとえば、Z世代は「盲盒」(マンフー)と呼ばれる「ブラインドボックス」を好む。中身が見えない箱やカプセルで、日本の「ガチャガチャ」に似ており、中国の若者の間で大流行している。1個25~70元(約370円~約1050円)程度の安いものとはいえ、際限なく買い込むため、自宅の棚はすでに数百個のフィギュアで埋め尽くされている。「箱の中身を確かめないでモノを買う」という点に驚くという。「中身がわからない商品が販売され、消費者から支持されるようになった、ということ自体、従来の中国社会からすれば“画期的な変化”」と紹介している。

◆ITが若者の行動様式に影響

爆買い」ブームから5年余り。団体ツアーで海外に行く内陸部の観光客とは年齢も出身地も異なる。都市部で豊かに育ったZ世代の若者たちは、そのような中国人的な行動を取らないどころか、箱の中身を確かめもせず、商品を購入するようになっているという。著者は「若者たちの無防備さや無邪気さは、少なくとも、2013~2014年ころまでの中国人を知っている身としては信じられないことに思えた」と記述する。

彼らが“赤の他人”を疑わないようになった要因としてITの発達を挙げる。その有力なツールが「芝麻(ごま)信用」と呼ばれるアプリ。2017年ころから中国で流行り出した、個人の信用が「見える化」されるシステムだ。過去の支払い履歴や交通違反などの有無、交遊関係、勤務先、収入などの情報でスコアが加算されていき、スコアが高ければ高いほど、個人の信用度が高まるというものだ。ホテル予約やローンの契約など、社会のあらゆる場面で他人に自分を認めてもらう際に、このスコアを利用する人が増えている。

これらの電子決済が中国社会に受け入れられ、爆発的に普及した背景の一つに、中国人同士の不信感があった。それ以前の中国は「相互不信社会」であり、顔も見たことがない人や、一度きりしか会わない人など「赤の他人」は信用できなかった。それゆえ、中国人は自分を取り巻く人間関係を「内の人」と「外の人」で分けていた。

日本のように、信用を前提とする料金後払いの「振り込み用紙」などは、中国社会では到底受け入れられないものだったが、販売者と購入者の間に立ってリスクヘッジできるアリペイのような仕組みができたことによって、世の中はすっかり変わったという。

◆化粧品など、日本製より中国製を選ぶ

さらに若者の間で高まっているのが「中国製」への評価。かつて大人気だった日本など海外製品よりも中国製品を好んで買う人が増えている。以前の中国人なら、日本や海外製品=高品質で安心安全、中国製品=粗悪品でダサい、という認識で、国産品に対してはコンプレックスや不信感さえ抱いていた人が多かったが、若者の消費者意識は大きく変わってきているという。

国産品志向は化粧品のほか、ロサンゼルス五輪で活躍した元体操選手・李寧氏が立ち上げたスポーツブランド「リーニン」のシューズやコンビニで大人気の高級アイス「锺薜高」などアパレルから映画、ドラマまで、多分野に広がっていると記す。

2020中国消費ブランド発展報告によると、過去1年間に中国人消費者がネット通販で購入した商品の8割以上が国産ブランドだったという。2020年末に行った全国の大学生約1000人に実施したアンケート調査でも、回答者の約8割が「中国の国産ブランド品を支持する」とし、回答者の約4割が、商品を購入する際、「国産ブランド品を優先して検討する」と答えている。

◆Eコマース、生中継やSNSを活用

Z世代の若者が日本製品よりも中国製品を選ぶようになった理由として著者は(1)ライブコマース(動画の生中継)を駆使した販売方法やSNSを活用、(2)リーズナブルな価格帯、品質のよさ、中国の伝統的な要素や世界のトレンドも取り入れ洗練されたデザイン、自国ブランドへの自信と信頼――などを列挙。「中国の若者と話していて驚かされるのは、30代以上の日本人や中国人の多くがこれまで抱いてきた「日本製品は高品質で安心安全、世界的な評価も高い」という固定観念や共通認識、イメージといったものを、彼らはまったく持っていない」と記している。

かつての中国人にとって、日本製品や日本のドラマなどは「憧れの存在」「高根の花」だったが、「今の若者にはそういう気持ちはほとんどない。彼らの成長過程は、日本製品の存在感が失われてきた時代と重なると」と考察する。

そうした若者の傾向をキャッチし、商品化に成功しているのが、中国の新興メーカーの経営者たち。彼らの多くが20代~30代で、Z世代の年齢に近く、豊かになった1990年代以降の中国で育っている。欧米への留学経験などもあり、世界のトレンドを常にネットでウォッチしているだけでなく、若者の心をつかむマーケティング方法なども熟知していると指摘している。

また、品質という点では、「世界の工場」だった中国のモノづくりの技術が生きているという。「世界中の企業が中国に進出し、あらゆる製品を製造したノウハウが中国には蓄積されており、そのことも、今の中国製品の品質向上に寄与しているのではないかと感じる」と記述する。

◆割り勘、健康志向―日本人を超える行動様式に

さらに「中国のZ世代の若者は、これまで多くの日本人が抱いてきた固定観念がもはや通用しない」と強調。従来日本人が思い描いていた中国人像とは180度異なっている最近の事例として、次のように列挙している。

▽割り勘をするようになった→以前は、誰か1人が全員におごっていた。

▽店員に対して丁寧で、腰が低く、他人にも優しくなった→以前は店員に対して横柄な態度を取る人が多いだけでなく、店員のほうもお客に対して、ケンカ腰だった。

▽行列にきちんと並び、並ばない人がいたら白い目で見たり、注意したりする→以前は列に並ばないどころか、10センチでも隙があれば、そこに横入りすることが多かった。

▽声が小さくて聞き取れないこともある→以前は鼓膜が破れるかと思うくらい大声で話す人がいた。

▽列車やぬいぐるみなどに「ありがとう」とお礼をいったり、話しかけたりするようになった→以前はモノを粗末に扱う人が多かった。

▽自分が間違ったり、人にぶつかったりしたときには、すぐに謝る人が増えた→以前は間違いだとわかっても絶対に謝りを認めないという人も多かった。

▽健康のためにサプリや青汁を飲み、スポーツジムに通うようになった→以前は大盛りご飯と脂っこい料理を好み、公園で太極拳をしていた。

▽かわいいレターセットで手紙を書くようになった→スマホが発達する以前も、一部の人を除き、ふだんから手紙を書く人は多くなかった。

▽汚いトイレには、怖くて入れないし、できるだけ入りたくない→トイレは汚いものなので、自分も汚く使っていた。

▽バラを一輪もらうことを素敵だと思うようになった→以前は豪華な花束をもらわないと、バカにされているような気分になった。

▽他人より目立ちたいという気持ちは今もあるが、常に自分を立ててほしい、といった類のメンツは、以前より気にしなくなった→以前は命の次にメンツを重視した。

このような若者はまだ全体から見れば一部だろうが、「まるで日本人のような行動」を取るZ世代の若者は確実に増えている。都市部の若者だけに限らない。ネットやSNSの発達により、トレンドや流行は、都市部から農村部へ、沿海部から内陸部へ一方向に段階的に進んでいくのではなく、各地で同時多発的に起こっているという。

ネットで日本や世界の情報にアクセスできるようになって、中国以外の国々でさまざまなことが起こっていることを知り、「等身大の肩ひじはらない生き方」を求めるようになってきたという。

さらに結婚もしない、子どもも欲しくないと思う若者が増え続けていることを受け、大家族主義だった中国でも、レストランでは「おひとり様メニュー」が増えてきている。結婚して子どもができると、以前なら親が故郷から出てきて、率先して孫の世話をすることが「当たり前」だったし、子育てのやり方にいちいち干渉するのは中国人の親の特権だったが、経済的に豊かになり、健康寿命が延びた今、親世代も「自分の後半生」を考えるようになったという。

中国で最も多いのは60后(1960年代生まれ、約2億3500万人)や80后(1980年代生まれ、約2億2800万人)であり、古い中国的価値観はなお主流だが、潮流が変わりつつあるのは確かなようだ。

本書は「少子高齢化、格差社会、年金・介護など日中には共通する課題が多い」と指摘。「これまで日本が先に歩んできた道を、中国も後を追うように歩んでいる」としながらも、「今後、中国が歩んでいる道を、日本も歩むようなことがあるのではないか」と予想している。

最近の想像を絶する中国事情を読み解くために有用であり、日本の課題やビジネスチャンスを追求する格好の手引書になろう。(評者・八牧浩行

<中島恵著『中国人のお金の使い道―彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP選書、900円=税別)

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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