吉林省に飛来した「宇宙からの客人」がもたらしたものとは

中国新聞社    2023年4月3日(月) 20時30分

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吉林省吉林市近郊に1976年3月8日午後3時過ぎ、巨大な隕石(いんせき)が落下した。写真は隕石が展示されている吉林省の吉林市博物館。

吉林省吉林市近郊に1976年3月8日午後3時過ぎ、巨大な隕石(いんせき)が落下した。隕石は大気圏に突入後に分裂して、大小さまざまな隕石が同時に落下する隕石雨と呼ばれる現象が発生した。落下した隕石のうち最も大きいものは「吉林1号隕石」と命名された。この隕石は、石質隕石としては、現在までに世界で確認されたもののうち、最も大きい。同隕石を所蔵する吉林省市博物館隕石部の付瑩主任はこのほど、中国メディアの中国新聞社の取材に応じて、この「宇宙からの客人」が落下した際の状況や学界に及ぼした影響などについて説明した。以下は付主任の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。

強烈な衝撃が地震波になったので正確な落下時間が特定できた

この隕石は火星と木星の間に存在する、小惑星の存在密度が比較的大きな小惑星帯と呼ばれる場所から飛来した。落下過程の力学分析と大気圏内の軌道の研究によれば、小惑星はほぼ地球の公転軌道に沿って後方から地球に追いつき、東から西に向けて大気圏に突入した。その直前の小惑星としての形状は球形に近く、直径は約1.7メートル、質量は約4トンだった。大気圏を通過する際には表面温度がセ氏2000-3000度になった。

目撃者の回想によると、巨大な火の玉が空の北東方向から鋭い音を発して飛んできた。地表でも高温高圧の気流の衝撃を感じた。小惑星は地上19キロで爆発し、無数の小さな塊になって地表に降り注いだ。最も大きな「吉林1号隕石」が最初に地表に到達したと考えられる。

吉林1号隕石は吉林市永吉県内に落ちて、1.7メートルの凍土層を貫通して、地下6.5メートルの場所にめり込んだ。坑口の直径は2.1メートルだった。目撃者の回想によると、隕石は着地後に爆発した。遠くから見ると、極めて濃い色をした噴煙がもうもうと巻き上がり、次第に小さなキノコ雲となって、高さ約50メートルに達した。周辺の土の塊は、最大で150メートル以上も吹き飛んだ。

吉林1号隕石が地表に衝突した際に放出したエネルギーは、マグニチュード1.7の地震に相当した。発生した地震波は吉林市などで観測された。そのため、吉林隕石雨の落下時間が1976年3月8日午後3時26秒と、正確に特定できた。

隕石の研究は「太陽系考古学」、過去について得られる各種の情報

落下した吉林隕石の研究は「太陽系考古学」と言える。サンプルを調べたところ、宇宙線にさらされてきた歴史過程が比較的複雑であることが分かった。そして、科学的情報量が豊富であるとして世界の隕石研究界から大きな興味と関心を持たれるようになった。中国は平等互恵、協力とウィンウィンの原則に基づいて、サンプルをドイツのマックス・プランク協会、米国のカリフォルニア大学、日本の極地研究所など12カ国の40以上の研究機関に贈った。そのために、世界各地で研究が展開されるようになった。

研究の結果、隕石の色が濃い部分と薄い部分では、含まれている希ガス元素の同位体の比率にかなり大きな違いがあると分かった。隕石の元になった小惑星が宇宙空間にさらされていた期間は、約100万年だったとされている。

中国科学院の合同観測チームは、中華人民共和国が成立して初の系統的な隕石の科学研究を行った。欧陽自遠氏をリーダーとする中国人科学者は現場調査と学際的な総合研究により、太陽系の起源と進化、生命の起源、宇宙線および物質の相互作用、惑星の形成過程、小惑星の進化、惑星間空間の照射史、隕石降下過程の物理化学環境などに関する極めて豊富な情報を得た。

吉林隕石の研究成果は地球外物質研究の模範例としても認められている。吉林隕石の研究により、中国では学際的で総合的な研究をする隕石学、宇宙化学、宇宙地質学の研究チームが徐々に形成されることになった。

吉林隕石はごく一部が科学研究やその他の用途に使われた以外は、大部分が吉林市博物館(吉林市隕石博物館)に保存されている。全世界で発見された隕石は含まれる化学成分の違いにより、石隕石、石鉄隕石、鉄隕石に分類される。吉林市博物館は吉林隕石とメキシコのアエンデ隕石、ロシアのシホテアリニ鉄隕石、ナミビアのギベオン隕石など国内外の40種類以上の隕石との交換を実施して、科学研究の材料と内容をさらに豊富にした。

コレクションの対象としても魅力、広がりゆく「星友」の輪

中国人は早くから流星と隕石の関係に気付いていた。2000年以上前の春秋戦国の史官が著した「竹書紀年」には「帝の10年、五つ星が行き違い、夜の隕星は雨だった」と記している。また、漢代の史家である司馬遷(紀元前140年ごろ-同87年ごろ)は「史記」の中で、「星が落ちて地に至る。すなわち石なり」と記述している。

人類は古くから隕石について記述したり隕石を収蔵したが、科学の対象として研究した歴史は200年余りしかない。隕石は科学研究上の価値が極めて高い。各国の科学者は南極の氷床地域で4万個を超える隕石を発見した。それらは科学研究と科学を普及させる教育のために用いられている。

現在では、惑星や小惑星に探査機を飛ばしてサンプルを持ち帰ることも可能になった。しかし隕石の研究には、費用が安価でさまざまな種類のサンプルを幅広く収集できる長所がある。隕石は、母体となった天体で起きたさまざまな変化を反映しているので、その形成や進化を研究することは、太陽系の初期の進化過程を理解する上で重要な意義があり、太陽系形成後の惑星の進化過程に比較の基準を提供することができる。

隕石には地球との共通点もある。現在のところ、隕石と地球の年齢は接近しており、ほぼ同じ時期に形成されたと考えている。隕石を通じて小惑星の化学組成と化学進化を研究することは、地球の起源と進化の過程を認識するのに大いに役立つ。

また人類は近年になり、小惑星が地球に衝突する危険性を強く認識するようになった。小惑星や隕石の研究を通じて、小惑星探査計画の展開を後押しできれば、研究や観測、早期警戒、あるいは衝突回避の方法の創出で、人類にとっての「わが家」である地球を守れる可能性が高まる。

隕石は重要な科学研究の対象であると同時に、宇宙へのロマンをかき立ててくれる存在でもある。外観が美しい隕石も珍しくない。隕石はそのため、愛好家にとってのコレクションの対象にもなっている。

隕石は、多くの人の交流ももたらした。吉林市博物館も吉林隕石を通じて、中国と外国の科学や科学知識普及の交流活動を展開してきた。隕石を介して、「星友」の交流がますます盛んになった。われわれはまた、「吉星会友」という組織を作って一連の科学普及活動を行っている。しっかりとした科学知識を多くの人に伝える活動であり、この活動は隕石研究者と科学知識の普及に携わる人、さらに一般の「星友」をつなぐ懸け橋になっている。(構成 / 如月隼人




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