野上和月 2022年6月13日(月) 20時50分
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「ジャンボ」の名で知られ、日本人観光客にも人気があった香港の水上レストラン「珍寶王国」が、今月末にも香港を離れる危機に直面している。
「ジャンボ」の名で知られ、日本人観光客にも人気があった香港の水上レストラン「珍寶王国(ジャンボ・キングダム)」が、今月末にも香港を離れる危機に直面している。譲渡先が見つからない中で、海事ライセンスの期限が切れることなどが離港の主な理由だが、香港の観光史に大きな足跡を刻んできただけに、各方面から惜しむ声や保留を望む声があがっている。
ジャンボは、漁村だった香港島南部の香港仔(アバディーン)で1976年に開業した水上レストラン。埋め立てに伴い移動して現在の位置にある。外観も内観も、まるで中国の宮廷のような豪華絢爛な佇まい。夜ともなれば、眩いばかりのネオンで一層映えた。その目と鼻の先にある小さな船着き場から、小型船に乗ってジャンボに向かう時のワクワク感もあり、多くの西洋人や日本人観光客を魅了した。映画の撮影にたびたび使われたり、英国のエリザベス女王や俳優のトム・クルーズなど、多くの有名人や映画スターも訪れたりしていた。
ジャンボを経営する香港仔飲食集団は、ジャンボを香港域外に移す理由として、(1)この6月で現在の海事ライセンスが期限を迎える(2)新型コロナウイルス対策で2020年3月から、営業を中止しているが、その期間も船体の維持や修理に毎年数百万香港ドル(1香港ドルは約17円)の支出が発生している(3)3年に一度の大規模メンテナンスの時期にあたり、さらに負担が増す――といったことをあげている。ライセンスが切れた後は、安く維持できる停泊場所を探して移動し、譲渡先を探し続けるそうだ。行先が決まっていないのに香港を離れることだけが決まっているという、なんとも悲しい状況だ。
ジャンボは2013年から経営が傾き始め、累計1億香港ドル(約17億円)以上の損失を計上しているという。2020年11月に林鄭月娥行政長官は、「香港島南部の活性化計画」を発表し、その中で(1)ジャンボは、同じく香港島南部にあるテーマパーク「海洋公園(オーシャンパーク)」に無償で寄贈され、「活性化計画」の中に組み込まれる(2)その際に海洋公園と非政府団体が協力して、ジャンボを非営利方式で香港島南部の歴史文化を伝える観光スポットとして生かしていく―といった青写真を示していた。
ところが昨年末、海洋公園が、ジャンボを運営する第三者が見つからないとして、寄贈計画は白紙に戻った。海洋公園は一時期、入場者数が香港ディズニーランドを上回るほどにぎわっていたが、2019年の大規模反政府デモと翌2020年からの新型コロナの流行で、来場客が激減。経営危機に陥っており、ジャンボを抱える余力などないのだ。
香港仔飲食集団はその後10社余りと譲渡の交渉をしたが、維持コストが高額なことから、いずれも合意に至らなかったという。
半世紀近くに渡って香港観光のシンボルだったジャンボの栄枯盛衰は、社会の変化や多様化、時代の波を感ぜずにはいられない。
香港仔は香港切っての魚の宝庫だった漁村だ。水上生活者が香港人相手に宴会用に“屋形船”を始めたのが、ジャンボの原点だ。“屋形船”は次第に「海鮮舫」と言われる水上レストランへと発展。戦後、この「海鮮舫」が10ほどまで増えたが、徐々に淘汰されていき、最終的に巨額資金が投じられたジャンボに集約され、一大観光スポットになった。
ジャンボが最も栄えたのは70~80年代で、当時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったそうだ。ビクトリアピークと並び、香港の観光の目玉で、漁港の風情と中華的な異国情緒は、西洋人や日本人にとって魅力的な存在だった。日本の団体ツアーには、たいていジャンボが入っていた時期もある。「80年代はそれは多くの日本人客がやってきた」(香港仔の船頭)そうだが、90年代に入っても、「在港中に、日本から友人が香港に遊びに来るたびに連れて行った」(50代日本人女性)など、多くの日本人の香港旅行の思い出の場所として刻まれた。
しかし、2000年代に入ると、主な来港客は中国本土客に代わった。彼らの主な目的は買い物だ。観光スポットも、「香港ディズニーランド」が登場したし、海洋公園や世界最大級の野外大仏も再開発して集客力を高めていった。旅行スタイルが多様化する中で、ジャンボは、船着き場までのアクセスの悪さも足を引っ張り、次第に斜陽となっていった。そこに新型コロナがとどめを刺したのだ。
ただ、そんなジャンボの歴史的価値や「香港人共通の記憶」という点から、保存を求める声が一般市民や立法会(議会)議員、観光関係者などから上がっている。
ジャンボが香港を離れたら、政府が掲げた「香港島南部の活性化計画」全体のプロジェクトに影響が出る可能性もあるが、林鄭長官は、静観する旨を明らかにした。ただ、7月1日に新たな行政長官の下で発足する「文化体育および旅游局」に期待する向きもある。「向こう3年間は海事ライセンスを免除し、その間に再生案や『ホワイトナイト』出現の可能性などを探ってみてはどうか」とか、「陸にあげて保存をしてはどうか」といった声もある。
状況からみてそう簡単に保存とはいきそうになく、個性的だったカイタック空港やタイガーバームガーデンなどに続き、また一つ香港を象徴していたものが姿を消すかもしれないと思うと残念だ。
2年以上時が止まったままのジャンボがどう動きだすのか、ジャンボに思い出がある香港内外の多くの人が、その行く末を注視している。(了)
■筆者プロフィール:野上和月
1995年から香港在住。日本で産業経済紙記者、香港で在港邦人向け出版社の副編集長を経て、金融機関に勤務。1987年に中国と香港を旅行し、西洋文化と中国文化が共存する香港の魅力に取りつかれ、中国返還を見たくて来港した。新聞や雑誌に香港に関するコラムを執筆。読売新聞の衛星版(アジア圏向け紙面)では約20年間、写真付きコラムを掲載した。2022年に電子書籍「香港街角ノート 日常から見つめた返還後25年の記録」(幻冬舎ルネッサンス刊)を出版。 ブログ:香港時間インスタグラム:香港悠悠(ユーザー名)fudaole89
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