山崎真二 2022年5月10日(火) 7時50分
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パキスタンの政権交代を受け米国、中国、ロシアがそれぞれ、新政権との関係構築に向け動き出しており、国際情勢への影響が注目される。写真はパキスタン。
パキスタンの政権交代を受け米国、中国、ロシアがそれぞれ、新政権との関係構築に向け動き出しており、国際情勢への影響が注目される。
◆前首相の「米国陰謀」説には疑問
4月上旬、パキスタン下院は野党勢力が提出したカーン首相に対する不信任決議案を可決し、同首相は失職。新首相には最大野党「パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派」(PML―N)のシャバズ・シャリフ総裁が選出された。カーン前首相はかつてクリケットの名選手として国民的人気を博し、2018年の総選挙で既存政治家の汚職などを批判して勝利し、政権の座に就いたが、最近ではインフレ急騰や経済不振への対応などで野党勢力から激しい批判を浴びていた。
議会での不信任決議による首相の失職はパキスタン史上初とあって欧米でも大きく伝えられたが、より衝撃的だったのは、カーン前首相が自身の失職の背後には米国の陰謀があると発言したことだ。米国がカーン氏の親露路線に怒り、パキスタンの野党勢力と組んで政権転覆を企てたというもので、同氏はこの陰謀には米国務省高官が関与していたと非難。これに対し米国務省報道官は「事実無根」と一蹴した。カーン前首相が2月、ロシアのウクライナ侵攻当日にモスクワを訪問し、プーチン大統領と会談したことに対し、バイデン米政権が強く反発したのは事実だが、今回のパキスタン政変劇への米政府の関与については疑問視する見方が圧倒的。米・パキスタン関係は、オバマ政権時代に米特殊部隊がパキスタン国内で国際テロ組織「アルカイダ」の指導者オサマ・ビンラディンを殺害した際、パキスタンへの事前通告がなかったことなどから悪化した。シャリフ新首相は対米関係改善の意向を表明。米国務省も「パキスタン新政権と地域および国際問題で密接に協力していきたい」(同省報道官)と強い期待感を示す。米政府がシャリフ政権に高官級協議の開催をすでに働きかけたとの情報も流れている。
◆新政権発足で対中関係は一層緊密化か
パキスタンの政権交代に素早い反応を見せたのは中国だ。イスラマバードの現地メディアによれば、シャリフ首相就任の翌日にはパキスタン駐在の中国の臨時代理大使が同首相と会い、就任の祝意を伝えるとともに両国の協力関係を深化させる意向を表明した。その2日後には中国外交部の報道官が「一帯一路」構想の主要事業の一つである「中パ経済回廊」の計画推進についてシャリフ首相との間で一致をみた旨明らかにしている。実はカーン前首相も親中派で在任中、3回も訪中しているが、「中パ経済回廊」に関しては「さまざまな注文をつけ、習近平政権にとってうるさい存在だった」(在イスラマバード外交筋)との声もある。
一方、シャリフ新首相は、自身がビジネスマン出身である上、兄のナワズ氏が首相時代の2015年に習近平国家主席との間で「中パ経済回廊」に対する中国の支援・投資に関する合意文書に調印したこともあり、「習近平政権には非常に望ましいリーダー」(前述の外交筋)といわれる。中国共産党系の「環球時報」が先ごろ、中国は主力戦闘機「殲10」の改良型6機をパキスタンに売却したと報じるなど、軍事面でも両国の連携が進んでいることがうかがえる。さらに3月末には中国東部の安徽省で習近平政権の主導でパキスタンも協力してアフガン問題に関する近隣7カ国外相会合が開催され、外交面の共同歩調も目に付く。ワシントンの有力シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)の南西アジア専門家は米メディアのインタビューで「中国がパキスタンの新政権により接近し、二国間関係の強化をさらに推進するのは確実だろう」と述べている。
◆プーチン大統領は親書で関係推進を要望
ロシアがパキスタンの政権交代に大きなショックを受けたことは想像に難くない。というのも、前述のように2月にプーチン大統領がカーン前首相と会談し二国間協力関係の強化をうたったばかりだったからだ。この会談を受けてパキスタンはロシアから小麦と天然ガスを大量購入すると発表した。パキスタンは3月の国連総会緊急特別会合の対露非難決議案採決では棄権しており、国際社会がロシア批判を強める中でプーチン政権を擁護する姿勢を鮮明にしていた。このようなパキスタンを率いていたカーン氏の退場はプーチン政権にとっては痛手になるのは明らかである。
だが、プーチン大統領は早速、手を打った。パキスタンの有力メディアの報道によれば、プーチン大統領は4月12日付でシャリフ新首相に親書を送り両国の協力関係の推進を要望、これに対し同新首相も書簡で同意する考えを伝えたという。両首脳の書簡交換はパキスタン外務省高官も確認したと伝えられる。これが事実とすれば、プーチン政権はパキスタンの政権交代後も同国を味方に引き留めておくことに成功したことになる。パキスタン外交の動向は、宿敵インドとの関係はもとより、ウクライナ戦争やアフガン問題さらには中東情勢にも影響を及ぼす新たな要因になる可能性が強く、これからも目を離せなくなりそうだ。
■筆者プロフィール:山崎真二
山形大客員教授(元教授)、時事総合研究所客員研究員、元時事通信社外信部長、リマ(ペルー)特派員、ニューデリー支局長、ニューヨーク支局長。
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