和華 2022年4月11日(月) 17時50分
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この稿の筆を取る今日、私は新型コロナウイルスワクチン2回目の接種後の2日目にいます。写真は赤坂「峰村」の店内の様子。
この稿の筆を取る今日、私は新型コロナウイルスワクチン2回目の接種後の2日目にいます。1回目のときの頭痛、倦怠感から今回も覚悟はしていましたが、まったく別物の症状が現れました。接種後3時間頃から頭痛、8時間後からは全身に鉛が入ったような倦怠感、とくに足先まで痺れるような重さで歩きもままなりません。今までの丸2日間、水を飲む以外はひたすら寝て、寝て、寝て…。2日目夜の今、ようやく体温は37度まで下がりました。ワクチン接種で症状がこれほどまでになるのかと、コロナウイルスの恐ろしさを実感しています。
生きている間には、何度か決断を迫られることがあります。現在のお店を開く前は老舗の日本料理店で働き、収入面は安定していました。当時、それをやめ、自らの力で店を開くか、止めるか随分迷いました。若い娘に貸し付けてくれる所があるのか。万が一資金が準備できたら店を開くと決め、何箇所もまわっては断られ続け、諦めかけたころ、ようやく貸し付けてくださる銀行が現れ、昭和62年、赤坂に小体な和食屋さんを開くことができました。自分が息苦しくなることを嫌い、1時間に20回も空気が換えられる換気扇を大奮発して開店時につけていました。今思えば当時の判断が、コロナ禍の今に何が幸いするか分かりません。
資金のほかに、1人で店を開いて続けることがどれほど大変なことか。その後の35年を思い起こし、今判断するとしたら「開かない」です。店を開く準備期間中、何の不安も覚えず過ごしたのは生来の能天気のおかげでした。
それでもいざ開店となれば、心に刻むことのいくつかはあり「飽きず、休まず20年は続け、臨時休業をしない」はその一つでした。以来、35年、雨の日も風の日も台風の日も、時に風邪をひいた時でも、定休日以外は休まず営業して参りました。今回、ワクチン接種してみて、翌日から2日休日でなければ店は開けることができなかったと思いました。それほどワクチン接種の副作用は辛いものでした。
初めて「緊急事態宣言」の発令を受けた時の驚きと落胆は言葉が出ないほどでした。なんとか営業できないか。電話口の役所の方の「どうぞ頑張ってランチ営業を続けてください」という言葉が、どれほど嬉しかったかしれません。しかし…。夜のお席は全部キャンセル。予約は入らず、ランチの営業もお一人かお二人。店を開ければ開けるほど赤字が嵩む毎日となりました。それでも不思議なことに35年間ご来店客がゼロの日はなく、お一人でものお客様が心の支えでありました。
盛り塩の光力に初仕事
35年間、今日までお客様ゼロの日が一日もなく参りましたのはお客様のおかげ。店はお客様のもの。そのお心次第と身に沁みました。ランチの営業を終了し、早々に板前さんを帰すと、店にただ一人、赤坂の街中に居て、ここは山居かと思います。先を考えて冷蔵庫の裏まで掃除してみたり、店を開けていても、以前のように三味線や小唄、踊りの稽古はできず、今更ながら閉店を考えたりもしました。しかし、今まで築き上げてきた大切なことを思うと、「コロナウイルスごときに負けてたまるか」という気持ちが湧いてきました。店を開いた時の志はどうであったのか。「初心忘れるべからず」と説いた世阿弥の言葉に「離見の見」があり、35年間続いたこの店がお客様にとってどうであったのか一度離れて考えなくてはという思いに至りました。
当店がコロナ禍を乗り越え、存続の価値があるのだろうか…。考え至ったのは、それは一つ一つできることから手立てをしてお客様を待つことだと思いました。
日本の伝統を愛し敬う気持ちで開店した今の日本料理の店、習い事のお茶、お花、踊り、三味線、何かしら「峰村」の店で役立つことはないか。趣味の俳句も手打ち蕎麦も落語も…。
癒されに一人訪れる春花園盆栽美術館でいただいた長寿梅、五葉松は、ベランダで楽しむだけではなく、店の入り口でお客様を迎えてもらいましょう。もうお見せできないほどの私の踊りではなく、東京舞妓のお嬢さんの踊りをお客様に披露する宴席を設けましょう。手打ち蕎麦は季節の変わり蕎麦にも挑戦しましょう。まずは新茶の茶蕎麦から。コロナ禍で開けなかった落語会も若手の勉強会を中心に再開しましょう。ボケを恐れてそろそろ卒業と思っていた俳句会も、今一度奮起して続けましょう…。
滝壺に落ちたら、水に逆らわず底まで沈めば、あとは自然に浮いてきて助かるといいます。病いも酷ければ酷いほど克服の後は体に強い力を得られるといいます。接種反応から回復の私は新型コロナウイルスに勝てるのでしょうか。
山居のような毎日は代わり映えしませんが、季節は速やかに変化してゆき、市場には旬の品が並んでいます。季節をお客様に届け、感じていただきたい。そう願い、朝の希望の光の中へ盛り塩を置き、暖簾をかけます。店を開くいつもの手順が変わらないことを願って…。
※本記事は、『和華』第31号「日中100人 生の声」から転載したものです。また掲載内容は発刊当時のものとなります。
■筆者プロフィール:峰村あさ子(みねむらあさこ)
赤坂 和食料理店「峰村」女将。若い頃から日本舞踊、お花、茶道、落語、俳句など幅広く日本の伝統芸能に親しむ。定期的に俳句会・落語会を主宰し、自身が編集した俳句集も出版。店では自ら二八の手打ち蕎麦を打つ。赤坂で店を構えて35年目。
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