吉田陽介 2022年3月22日(火) 23時20分
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中国が「中所得の罠」を抜け出し、社会主義現代化強国を建設する上でイノベーション力の強化は欠かせない。写真は北京のSOHO。
中国が掲げる「五つの発展理念(創新・協調・緑色・開放・共享)」のなかで、「創新(イノベーション)」は非常に重要な概念で、中国が「中所得の罠」を抜け出し、社会主義現代化強国を建設する上でイノベーション力の強化は欠かせない。中国共産党第18期五中全会で「五つの発展理念」が打ち出されてから、中国の政策の中でイノベーションは重要な位置づけとなり、イノベーション力が大きく向上した。その結果、キャッシュレス消費関連の技術やロボット技術は大きく進歩した。
2月4日から20日まで開かれた北京冬季五輪では、料理ロボットがメディアに紹介されるなど中国の科学技術力を世界に示す場にもなった。
ここまで書くと、中国のイノベーション力は米国にも引けを取らず、追い抜くことができるのではないかと考えるが、必ずしもそうではないようだ。
少し前の話になるが、北京大学国際戦略研究院が同大学サイトに1月31日に発表した米中の科学技術競争に関する研究報告書は、米中の科学技術「デカップリング」は両国ともに損失を被るが、中国の損失の方が米国よりはるかに大きいことは明らかで、中国の一部の重要な科学技術の発展がボトルネックに陥る可能性があると指摘した。
■「中国の科学技術力は米国に及ばない?」 現在の中国の科学技術イノベーションの課題を指摘
ここで報告書の内容を簡単に紹介しよう。
まず、報告書は、2017年末以降、貿易摩擦や技術競争が米中関係の焦点になってきていると述べている。
中国は「科学技術強国」の建設を目標に掲げ、自主イノベーション力を強化し、重要なコア技術を身につけ、イノベーション型大国になろうとしている。一方で、米国は「中国が米国企業に技術移転を強制したり、米国の知的財産を盗んだりしている」と中国への警戒感を露わにした。そのため、先進技術は米中間の競争と対決の主要な舞台となっている。
次に、報告書は、中国の科学技術イノベーションについてやや悲観的な見方をしている。報告書は「ここ数年、中国の全体的な技術力は徐々に強化され、影響力のある科学技術大国になっている」として中国の科学技術力の強化を肯定しているが、「科学技術大国から科学技術強国になるまでに、中国はまだ長い道のりを歩まなければならない。横の範囲から見ても、縦の差から見ても、米国の技術力は依然世界をリードしている」と述べている。
その理由として、報告書は「より多くの細分化された分野での中国の劣勢は依然顕著」であることを挙げている。中国はデジタル経済の分野などで世界をリードしている技術があるのは周知の通りだが、コア技術などまだ米国と差がある分野もある。
さらに、報告書は、これまで中国は技術面の多くの分野で米国に「追随」し、少数の分野で「並走」し、ごく少数の分野で「リード」する基本態勢だったが、それが今後変化する可能性を指摘した。
報告書は、「『米国を見ながら模索する』ことは、過去数十年の中国及び世界のその他の国の科学技術イノベーションの重要な経験だ。米国という目標を失った場合、中国が科学技術イノベーションを全方位かつ持続的にけん引できるかどうかは、中国科学界の一部学者の懸念だ」と述べており、中国の自主イノベーション力のさらなる向上が必要であることを指摘している。
また、報告書は今後、米国が中国に対して「的確なデカップリング」と「的確なリンク」の戦略をとる可能性を指摘した。それは、特定の戦略技術分野を選んで、「デカップリング」と「リンク」の精度を高め、国家安全保障、経済的利益、技術的優位性のバランスをとることを目指すというものだ。
「現在の米政権はまだ『デカップリング』の境界を完全には決めていないが、チップやその製造装置、AIなどのキーテクノロジーや製品では一定のコンセンサスが形成されている。『デカップリング』の分野は基本的にローテクや低付加価値の産業に限定されている」と報告書は述べる。
報告書は情報技術分野を例にとり、米中技術の「デカップリング」は中国の情報技術産業に「大きなインパクト」をもたらすが、双方の「デカップリング」は米国の情報技術産業に与える影響は大きくないと指摘した。
報告書はまた、「米国の『デカップリング』戦略は『民主国家の科学技術連合』を結成し、中国を孤立無援の状況に追い込もうとする」可能性を指摘した。現在米国は「民主主義、市場経済、法の支配」という価値観を共有する国との連携を強化し、「中国包囲網」を形成している。その動きは、米中の経済関係だけでなく、両国の技術力の力関係の行方に大きく影響する。報告書は「中国が第三国から重要な製品を購入し、先進技術を獲得し、ハイエンド人材を引き入れるのが難しくなる」可能性を指摘している。
以上が、北京大学国際戦略研究院が発表した報告書の概要だが、中国の科学技術力はある程度高まったが、まだ発展の途上にあることを如実に示している。
■科学技術の「自立・自強」への道はまだ遠い、10年後に結果?
報告書で指摘された課題について、中国政府はわかっていないわけではないだろう。科学技術イノベーション能力の強化を重要課題として、政策文書でも初めの部分で言及している。
2020年10月に開かれた中国共産党第19期五中全会で採択された「国民経済・社会発展の第14次五カ年計画および2035年の長期目標に関する中共中央の提案」では、「わが国の現代化における創新の中心的地位を堅持し、科学技術の自立・自強を国家発展の戦略的支えとする」と述べられている。「科学技術の自立・自強」は上述の報告書に述べられているような、中国の科学技術の問題点を踏まえて使われた言葉だろう。
この「提案」で述べられている科学技術イノベーションに関する主な政策を挙げてみる。
・基礎研究を強化し、オリジナル・イノベーションを重視し、学科の配置と研究開発の配置を最適化し、学科の交差・融合を推進し、共通性のある基礎技術供給体系を完備する。
・人工知能(AI)、量子情報、集積回路、生命健康、脳科学、生物育種、宇宙科学技術、深地球・深海などの先端分野に照準を定め、先見性と戦略性のある国家重大科学技術プロジェクトを実施する。
・戦略的科学計画と科学プロジェクトを策定・実施し、科学研究機関・大学・企業の科学研究力の最適配置と資源共有を推進する。
・北京、上海、粤港澳大湾区の国際科学技術革新センターの形成をサポートする。
・産・学・研の高度な融合を推進し、企業が中心となってイノベーション連合体を結成し、国家重大科学技術プロジェクトの担い手になるのをサポートする。
・企業家の技術革新における重要な役割を発揮させ、企業の研究開発への投資拡大を奨励し、企業の基礎研究への投資に対して税制面での優遇を実施する。
・労働尊重・知識尊重・人材尊重・創造尊重の方針を貫徹し、人材発展体制・仕組み改革を深化させ、全方位で人材を育成・導入・活用し、より多くの世界一流の科学技術リーダー人材と革新チームを育成し、国際的な競争力を持つ若手の科学技術人材予備軍を育成する。革新能力・品質・実効・貢献を指向とする科学技術人材評価体系を健全化する。
・革新型・応用型・技能型人材の育成を強化し、知識更新プロジェクト・技能向上行動を実施し、ハイレベルなエンジニアと高技能人材チームを拡大する。
基礎研究の重視や企業のイノベーションへの優遇、人材の重視などこれまでも言われてきたことも含まれているが、重要なのは民間の力、大学などの研究機関などの力を活用してのイノベーションだ。「提案」は、北京などで国際科学技術革新センターをつくることに言及しているが、北京は有名大学や研究機関が集まっており、イノベーション環境が整っている。そのため、今後の中国の科学技術イノベーションにとって重要な位置づけとなるだろう。
また、ここでは人材についても述べているが、「若手の科学技術人材」は非常に重要だ。とりわけ「00後(2000年以降に生まれた人)」の人材は、新しいものを吸収する力があり、インターネットでの情報発信も当たり前のように行っていることから、発想力もある。こうした人材を積極的に活用することが重要だ。
また、中国は「大衆による起業・革新」という政策を推進しており、企業からドロップアウトして起業した人材の活用も中国の科学技術の「自立・自強」に必要だ。
科学技術の「自立・自強」は今年の全人代で発表された「2021年の国民経済・社会発展計画の執行状況と2022年の国民経済・社会発展計画の草案」でも言及され、「提案」の方針に沿って科学技術イノベーションと経済を結びつけた施策が打ち出された。
ここで挙げた「提案」は前出の報告書よりも前に出されたものだが、こうした政策は短期的には効果が出ず、10年スパンで見る必要がある。
「新型の挙国体制」による科学技術イノベーション強化に向けての「戦い」はまだ続いている。
■筆者プロフィール:吉田陽介
1976年7月1日生まれ。福井県出身。2001年に福井県立大学大学院卒業後、北京に渡り、中国人民大学で中国語を一年学習。2002年から2006年まで同学国際関係学院博士課程で学ぶ。卒業後、日本語教師として北京の大学や語学学校で教鞭をとり、2012年から2019年まで中国共産党の翻訳機関である中央編訳局で党の指導者の著作などの翻訳に従事する。2019年9月より、フリーライターとして活動。主に中国の政治や社会、中国人の習慣などについての評論を発表。代表作に「中国の『代行サービス』仰天事情、ゴミ分別・肥満・彼女追っかけまで代行?」、「中国でも『おひとりさま消費』が過熱、若者が“愛”を信じなくなった理由」などがある。
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