日本軍国主義の「象徴」ソメイヨシノ=『チェリー・イングラム・日本の桜を救った英国人』

八牧浩行    2022年3月15日(火) 7時20分

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日本の桜を世界に紹介した英国人園芸家、コリングウッド・イングラムの生涯を描いた『チェリー・イングラム―日本の桜を救ったイギリス人』(阿部菜穂子著)は国際的な桜守を掘り起こしたノンフィクションである。

本格的な春が到来し、桜の開花も間近である。日本の桜を世界に紹介した英国人園芸家、コリングウッド・イングラムの生涯を描いた『チェリー・イングラム―日本の桜を救ったイギリス人』(2016年の日本エッセイスト・クラブ賞受賞)の著者・阿部菜穂子氏が日本記者クラブで講演した。

阿部氏はロンドン在住のジャーナリストで毎日新聞出身。2001年からイギリス在住。同書は日英の架け橋となったイギリスの桜守の知られざる軌跡を丹念に掘り起こしたノンフィクションである。

大英帝国の末期に活躍した園芸家、コリングウッド・イングラム(1880~1981年)は豊かな自然に囲まれた英国の海辺で育った。野鳥の研究者だったが、植物への関心から「桜探究者」に。桜の魅力にとりつかれ、明治から大正時代にかけて3度も来日し、桜の希少種の穂木を持ち帰って、ケント州南部の村、ベネンドンの庭園で育成。120品種を超す見事な「桜園」を創った。今日、英国で多種多様な桜が見られるのは、イングラムのおかげである。「ジャパニーズ・チェリー」をイギリス全土に広め、「チェリー・イングラム」という異名をとった。知られざる英国人「桜守」の足跡が綴られる。

コリングウッドは日本でサクラに関して講演するように頼まれたため、1926年に日本を訪れた。この訪問の際、自邸の庭で栽培していた日本産のサクラを見つけることができなかったが、1930年(昭和5年)に古い桜の絵図を見せてもらったところ、この自邸の庭で栽培していたサクラが、以前は京都で栽培されていたが日本では失われてしまったサクラである事実が判明した。

1932年 (昭和7年) にイングラムの自邸の庭のサクラが日本に里帰りし、接ぎ木で増殖された。これにより一時的に日本から失われていたサクラが再び日本でも見られるようになったという。

◆ソメイヨシノは日本軍国主義の「象徴」

日本人の多くが「桜」で連想するのは、一斉に咲いてパッと散るソメイヨシノ(染井吉野)である。阿部氏は毎日新聞社退職後、2001年に渡英。英国では、花の色から形状、開花の時期まで異なる多様な桜の品種を見て、驚いたという。その背景を徹底的に調べる中で、イングラムの存在を知り、彼の地元や関係者を訪ねて回った。イングラムの孫娘が、訪日時を含めた膨大な祖父の日記や手紙、桜のスケッチ、写真、園芸雑誌の記事などの資料を大切に保管していた。

阿部氏は「もっと壮大なドラマがあるのでは?」とジャーナリスト的な直感から、英国と日本でイングラムの足跡をさらに追いかけた。訪日時の日記などを丹念に読み解くと、当時の桜職人・研究者や政財界人との交流が綴られていた。

伝統的な多種多様な桜が明治維新後の近代化の中で衰退したのとは対照的に、生長が早く華やかな品種改良種ソメイヨシノが政府の奨励策もあって広まった。「ぱっと咲いて一斉に散るソメイヨシノが全体主義のイデオロギーに利用された」という。 

確かに、軍歌『同期の桜』の「貴様と俺とは同期の桜、同じ兵学校の庭に咲く、咲いた花なら、散るのは覚悟、みごと散りましょう、国のため」は、戦後生まれでも知っている有名な歌詞である。

同書では「桜は古代から日本人にとって生涯や生の象徴だったのであり、満開の花に人々は生きる喜びや生命力、再生の力を見ていた。ところが軍国主義の台頭とともに咲いた花ではなく“散り際”に焦点があてられるようになった」と綴られ、次のように続く。

「敷島の、大和心を人間はば、朝日に匂う、山桜花」本居宣長が江戸時代に詠んだ和歌だ。本来、朝日を受けて咲くヤマザクラの高貴な美しさを賛美したものであり、生の象徴としての桜の花のイメージを詠んだもので、死の意味も全くほのめかされていなかった。ところが『大和心』と『散る桜』のイメージを故意に結び付けて、まるで桜のように潔く散ることが大和心であると言っているかのように宣伝され、国のため、天皇のために死ぬことを国民に鼓舞する道具として使われたのである」

◆多種の価値観をお互いに尊重し合う社会

「イングラムが自宅の庭で育てた桜は世界大戦を生き抜き、イギリスじゅうで多様な花を咲かせる一方、日本では戦後もヨメイヨシノ一色が続いている。多様な桜を愛したイングラムのメッセージをこの本に込めた」―。「多様性」とは桜の世界だけでなく、「多種の価値観をお互いに尊重し合う社会」を示しており、全人類が目標とすべきであろう。

<阿部菜穂子著『チェリー・イングラム 日本の桜を救ったイギリス人』(岩波書店、2300円税別)>

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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