<印「タタ・グループ」の実像(下)>鉄鋼・自動車・電気・化学など急拡大―英ジャガーも傘下

中村悦二    2022年3月3日(木) 7時50分

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ラタン・N・タタはタタ・サンズの内規の会長職定年が迫った2012年、サイラス・ミストリを第6代会長に指名した。

1991年にタタ・サンズ会長になったラタン・N・タタは、2代目会長ドラブジー・タタの弟のラタン・タタの死後、その養子となったナバル・タタの初婚の子供。ナバル・タタは創業者の係累に属するが、孤児院育ちから一転してタタ・グループの表舞台に登場した人物。1989年に死去しているが、存命中、タタ・サンズの会長代行、インド経営者連盟会長などを務めたほか、ILO(国際労働機関)にその創設来関与し、労使関係の改善に努めた。

ラタン・N・タタの腹違いの弟、ノエル・タタは、ナバル・タタの後妻でスイス生まれの母親シモーヌの設立した流通小売りグループであるトレントを率いて実績をあげた。その妻は、パールシーの建設・不動産財閥のパロンジ・グループの二人の後継者の一人であるサイラス・ミストリの姉アルー・ミストリ。パロンジ・グループは、タタ・サンズの株式の18%強を持ち、後継者の二人がその半分ずつを保有している。

ラタン・N・タタは、米コーネル大で建築学を学び、一時、ロサンゼルスで働いたが、義理の祖母の求めで1962年、インドに帰国。ジャムシェドプルのタタ製鉄などで実務研修を受けた。彼は1981年、タタ・サンズのハイテクなど新規分野を担当するタタ・インダストリーズ会長になり、グループの将来像についてのシンクタンク的役割も果たした。

◆経済自由化に乗り、積極的M&Aを展開

1991年にタタ・サンズ会長に就任すると、おりしも始まったインドの経済自由化に乗り、世界市場を睨んでの積極的なM&Aを展開。紅茶の英テトリー・ティー、韓国・大宇自動車の商用車部門、鉄鋼の英蘭コーラス・グループ、英ジャガー・アンド・ランド・ローバーを買収した。2004年にはニューヨークとボンベイの両証券取引所へのTCS株式上場、乗用車・自動車部品、保険、小売り、デジタル・ビジネスへの進出、NTTドコモとの携帯電話での合弁設立などを行った。海外売上比率は60%を超えた。だが、ペット・プロジェクトの小型・安価車「ナノ」は失敗に終わった。

グループ企業の結束強化では、相互持株の推進、「タタ」ブランドの使用では使用料徴収と同時に「タタ行動規範」の順守、優秀事例の表彰制度「タタ・ビジネス・エクセランス・モデル」への参加を求めた。

ラタン・N・タタはタタ・サンズの内規の会長職定年が迫った2012年、サイラス・ミストリを第6代会長に指名した。不仲といわれたノエル・タタは、ラタン・N・タタの眼中になかったようで、独身を通したラタン・N・タタは、新会長選任に当たって、「パールシーにこだわらない」と発言し、世界で活躍するインド人経営者の中から選ぶのでは、といった憶測がインドの新聞紙上をにぎわせた。しかし、結局、選んだのは、パールシーでアイルランド国籍のサイラス・ミストリだった。しかし、ラタン・N・タタは2016年末、タタ・サンズの業績が芳しくないとしてサイラス・ミストリを解任した。サイラス・ミストリは、解任は無効として提訴した。サイラス・ミストリはタタ財団会長職を兼務しない初のタタ・サンズ会長だった。

◆チャンドラセカランを7代目会長に抜擢

ラタン・N・タタが7代目の会長に抜擢したのが、TCSの社長兼CEO(最高経営責任者)だったN・チャンドラセカラン。当時、53歳だった。タミルナド州ナマッカル生れ。地域のカレッジでコンピューター・アプリケーションを学び、TCSにインターンとして入社し、CEOにまで上り詰めた人物だ。タタ・グループの創業者一族とは関係がなく、パールシーでもない。チャンドラセカラン会長の下、グループ企業の総売り上げは7兆8000億ルピー(11兆9340億円、2020-2021年度)、上場企業29社の時価総額は23兆4000億ルピー(35兆8000億円、2021年末現在)にまでになった。

2月11日のタタ・サンズの取締役会に「特別招待」で出席したラタン・N・タタ名誉会長は、チャンドラセカラン会長の指導力に満足の意を表し、会長再選を推挙。取締役会はこれを承認した。

58歳のチャンドラセカランが向こう5年間、タタ・サンズを統括する。すでに、TCSのほか、タタ自動車、タタ製鉄、タタ・ケミカル、タタ電力、インディアン・ホテル、時計・宝飾品製販のタイタン、タタ・キャピタル、タタ・コミュニケーション、タタ・デジタル、タタ・エレクトロニクスの会長を務めており、さらにグループ企業数社の会長就任を目指しているようだ。

チャンドラセカランは当面の課題として、1:エア・インディアなど航空事業の再建、2:太陽光発電・風力発電など新エネルギー事業の強化、3:タタ自動車の電気自動車戦略の推進、4:現在、グループ企業の従業員向けに行っているタタ・デジタルを中核とした消費財・サービスのポータル「Tata Neu」事業の一般向け開始などを挙げている(テリグラフ紙2022年2月22日付電子版)。タタ・グループは、ムケシュ・アンバーニが率いるリライアンス・インダストリーズなど他の財閥グループに比べ、おとなしいイメージがつきまとう。チャンドラセカラン会長の2期目はそうしたイメージの変革も求められそうだ。

チャンドラセカランの趣味はマラソン大会参加と写真撮影。東京マラソンにも参加したことがあるという。

サイラス・ミストリ解任に関する提訴は、最高裁判所で退けられ、一応決着がついた形のようだが、最終決着はついていない。サイラス・ミストリ側はタタ・サンズ株式の66%を有するタタ財団の「財団」としての資格を問題視する提訴も行っている。タタ・サンズは、チャンドラセカランが会長に就任した2017年に従来の公開会社(public company)から非公開会社(private company)になっている。非公開会社では、株主総会での手続き、主要経営役職員設置義務、関連当事者間での取引が緩和されるなどの利点があるという。タタ・サンズとタタ・トラストの会長職兼任禁止決議に関し、タタ・サンズは記者発表をしていない。

タタ財団は、1919年設立のサー・ラタン・タタ財団及びその関連財団、1932年設立のサー・ドラブジー財団及びその関連財団で構成されている。支援分野として、医療、健康、水・衛生、環境・エネルギー、教育、デジタル・トランスフォーメイション(DX)、スポーツ、技能開発、芸術・文化などに、近年はコロナ対策も加え、系統的な支援を行っている。支援総額は2020-2021年度で、前者が84億1420万ルピー(約129億円)、後者が15憶1449万ルピー(約23億円)。ノエル・タタは昨年11月にタタ・インターナショナル社長を退任。先月、サー・ドラジー・タタ財団の理事に就任したと報道されている。すでに、サー・ラタン・タタ財団の理事にはついている。タタ財団はタタ・グループの名を存続させる上で重要な役割を担っているだけに、ノエル・タタがタタ財団会長になる日が来るかもしれない。(敬称略)<完>

■筆者プロフィール:中村悦二

1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)。

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