北京冬季五輪の会場の一つのビッグエア首鋼で15日、涙を流しながら抱き合う二人の姿があった。終了したばかりのスノーボード男子ビッグエアの決勝で優勝した中国人の蘇翊鳴選手と日本人の佐藤康弘コーチだ。蘇選手は「やりました！」と大声を上げた。佐藤氏は「お前はすごすぎる」と蘇選手をたたえた。日中の国境を越えた師弟は、中国でも大きく注目された。香港メディアの亜洲週刊はこのほど、佐藤康弘氏をオンライン方式で長時間取材した記事を掲載した。以下は、その主要内容を翻訳・再構成したものだ。

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■中国側責任者が「異例の条件」を承諾、佐藤氏はコーチ就任を決意

佐藤コーチは留学先のカナダでスノーボードの魅力のとりこになった。そして「極限に挑戦」の信念を持つようになった。出身は広島県だったが、帰国後はウインタースポーツの本場の一つである長野県に越した。そして練習を重ねてプロのスノーボード選手になり、日本代表にもなった。その後は指導者となり、多くの名選手を育てたことで評価されることになった。

中国との縁の始まりは、中国国家体育総局の苟仲文局長に、北京に招待されたことだった。2018年4月のことだった。中国はすでに2022年の北京冬季五輪の開催権を獲得していた。苟局長は佐藤氏に、中国チームのヘッドコーチになってほしいと言った。日中のスノーボード界の懸け橋になってほしいとも懇願した。中国でスノーボードのナショナルチームが正式結成されるのは2カ月後の6月だった。佐藤氏に、初代ヘッドコーチになってほしいということだった。

佐藤氏は当惑した。日本のプロスノーボード選手のコーチを務めていたからだ。彼らを置き去りにしたのでは信義に背く。苟局長は「かまいません」と言った。日中のコーチを兼任してかまわないということだ。これは異例の条件という。佐藤氏は苟局長の熱意と、佐藤氏の立場に配慮した誠意に感銘を受け、中国チームのコーチになることを了承した。

蘇翊鳴選手は中国北部の吉林省出身だ。両親の影響で4歳の時にスキーなどを始めた。7歳ごろには天賦の才を示し始めていたという。そして2018年にはスノーボードのナショナルチームの一員になった。しかし佐藤氏によると、当時の蘇選手のレベルは日本のトップ選手と比べれば相当に劣っていた。しかし、佐藤氏は蘇選手の心の中には「熱いスノーボードへの愛」と「極限に挑戦」という自らと同様の資質があると感じ、「世界のトップ選手に育てることができる」と確信を持つようになった。また、蘇選手本人や両親が、佐藤氏を完全に信頼したことで、佐藤氏は「信頼と期待に応えねばならない」と強く思うようになった。

■コロナの影響で映像通じて指導、苦しい練習耐えてレベルが日々向上

佐藤氏によると、スノーボードのトップクラス選手の実力差は、大きいものでない。だがそのことは、他の選手とは違う極めて高い技術を成熟させなければ勝利はおぼつかないことを意味する。技術を完全に自分のものにするためには、精密な訓練を蓄積せねばならない。

佐藤氏によると、精密な訓練は厳しいものだ。しかし蘇選手は「ずっとついてきた」という。そして、壁を一つ一つ突破した。それでも、3年半で蘇選手を五輪で金メダルを獲得できるレベルに引き上げるのは容易ではない。佐藤氏はそこで、「北京冬季五輪での勝利」を目標として、蘇選手が各種の技術を一つ一つ自分のものにしていくスケジュールを組み立てた。

蘇選手は最初の１年、長野県で訓練した。雪がない季節には埼玉県内の施設で訓練した。しかし2020年には新型コロナウイルス感染症のため、日中間の往復が困難になった。そのため、中国にいる蘇選手はネットを利用して練習の映像を佐藤氏に見せた。佐藤氏にとっては、蘇選手が絶えず映像を送って来るので助かった。佐藤氏は細かい改善点を指摘し、蘇選手は佐藤氏の指示に従って修正した。蘇選手が苦しさに耐えて練習していることはよく分かり、同時に、技術が日々向上していることも見て取れたという。

■金メダル獲得で爆発的に喜んだ背後にあった、ある「事情」とは

金メダル獲得で師弟が爆発的に喜んだ背後には、ある「事情」があった。蘇選手はビッグエア決勝の1週間余り前の7日には、スノーボード男子スロープスタイルの決勝に臨んだ。しかし減点を科せられたことで、2位に終わった。佐藤氏によれば、本来ならば減点の対象になる部分はなかったという。

佐藤氏は残念に思ったが、審判員もその職責を果たそうと努力した上での判断なので、判定を尊重することに決めた。しかしファンは納得しなかった。蘇選手が金メダルを獲得できないことが確実になった途端、ネットでは審判員に対する批判が噴出した。そこで佐藤氏と蘇選手は、判定と点数の決定は極めて難しい作業であることを説明し、冷静になるよう呼び掛けた。そして、金メダルを獲得したカナダのパロット・マックス選手を祝福するよう求めた。

判定や審判に対する騒ぎは収束していった。しかし今度は、中国の人々が蘇選手にどれだけ期待しているかが、それまで以上にひしひしと伝わってくるようになった。精神面での大変な重圧だったという。

金メダルの獲得を目標にして懸命に努力してきたのは事実だが、佐藤氏が「本当のところは」と前置きして語った言葉によれば、五輪開催前には100％の自信があったわけではなかった。しかし二人は、「ビッグエアでは、必ず金メダルを取る」との考えを固めた。決意を新たにして高まった重圧をはねのけて金メダル獲得という夢がかなっただけに、喜びはひとしおだったという。

蘇選手が金・銀を獲得しただけでなく、佐藤氏が指導している女子の栄格選手も5位に入った。佐藤氏にとっては最高の五輪だった。しかし佐藤氏はすでに、4年後のミラノ大会を見据えて、頭の中で訓練スケジュールの日程表を組み立て始めたという。

佐藤氏は、今後も国境を越えた日中のウインタースポーツの「懸け橋」でありつづけたいと語った。（翻訳・編集/如月隼人）