吉田陽介 2021年9月3日(金) 20時40分
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中国では、前の10年間に「早すぎる脱工業化」が起こり、製造業の割合が急速に減る一方で、サービス業の割合が急速に大きくなったという説が有力になっている。写真は勉強する子ども。
中国では、前の10年間に「早すぎる脱工業化」が起こり、製造業の割合が急速に減る一方で、サービス業の割合が急速に大きくなったという説が有力になっている。
サービス産業は北京や上海などの都市で発達している。北京はイノベーション分野の重点となる都市で、生活関連のサービス業のほかに、生産サポートためのサービス業も発達しており、経済発展の重要なファクターの一つである。
「早すぎる脱工業化」の考え方に従えば、サービス業は製造部門に比べ、生産性の向上が立ち遅れており、国内総生産(GDP)成長率の低下を防ぐには、製造業の割合を安定したレベルに保つ必要がある。
製造業の割合を上げるには、出稼ぎ労働者の大量移動だ。そうすれば、サービス業の割合が大きくならず、資源が製造業に移動することなる。
この見方は適当だろうか。個々のサービス業従事者の生産性向上には限界があり、生産性を向上させるには分業するほかない。サービス業は雇用吸収力がある産業と言える。
復旦大学経済学院の奚錫燦(けいしゃくさん)助理教授は、8月17日付の「界面新聞」に記事を掲載し、中国の早すぎる脱工業化について述べた。ここでは、奚助理教授の論考を紹介し、「早すぎる脱工業化」問題について考えたい。
■製造とサービスは「左足の靴」と「右足の靴」、切り離せない関係
奚助理教授まず、サービス業の生産性の上昇が工業部門に比べて遅いのは紛れもない事実であるという立場で、第二次世界大戦後の米国は、製造業の労働生産性はサービス業の6倍以上の速さで上昇したというケースを紹介して、世界の主要経済国でも見られることとしている。
これまでの中国は、「量」を重視する政策をとっていた。中華人民共和国建国以後もそうだったが、工業の発展に力を入れ、サービス業は立ち遅れていた。伝統的なマルクス主義政治経済学は、サービスは価値を生み出さないとされていたことから、サービスは軽視され、GDP成長率を高めるのは、製造業の発展とされていた。
奚助理教授は、中国の政策目標が「人々の幸福感や獲得感」であれば、サービス業を重視すべきだと主張する。奚助理教授によると、サービス業と製造業の製品は、取って代わろうと競合する関係でなく、相互に補完し合う関係にあるという。鉄鋼、セメント、プラスチックなどの生産財を生産は確かにGDPを押し上げる効果はあるだろうが、その産業で働く人々の医療、教育、文化、金融などのサービスが不足すれば、人々は生活が向上したと感じない。現在、サービス業の生産は相対的に遅れているため、生産資源を大量に投入してこそ、技術進歩の速い製造業の生産量を追いつくことができる。
奚助理教授は、製造業やサービス業を一足の靴に例えて両者の関係を説明している。それは次のようなことだ。われわれは普通左右両方の靴を履くため、靴の数は左右一致している。左の靴(生産性が急速に向上している製造業)を100個あるが、右の靴(生産性の向上が遅れているサービス業)が1個しかなければ、右の靴をどこかで手に入れて来なければ、履くことはできない。そのため、奚助理教授は記事で「左の靴100個に右の靴1個を合わせても、効果は1足の靴と同じで、左の靴2個に右の靴2個を合わせた方が望ましい」と述べた。
だが、奚助理教授は「GDPの数字と人々の幸福感には大きな隔たりがある」としている。冒頭でも述べたが、改革開放40年は経済規模の大きさを追求した。その結果、パイは増大したが、その分配については課題を残した。胡錦濤政権から人々の生活に関係のある問題に取り組むようになったが、それは「左の靴2個に右の靴1個を合わせる」方向に向かっていることを意味し、現在の政策の方向性も変わりはない。
現在の中国はGDPの規模の追求は重視されず、パイを国民生活に必要な分野に分配することを重視している。
「価格メカニズムが正常に機能している経済では、さまざまな部門間の資源の再移動は、価格メカニズムに導かれて自然に起こる」と述べ、さらに、「製造とサービスは補完関係にあるため、製造部門で急速な技術進歩が見られれば、製造品の大幅な増加し、人々のサービス財に対するより多くの需要を引き起こす」と奚助理教授は述べる。
サービス分野の生産性アップのカギは、現在の中国が大変重視しているイノベーションだ。それが行われなければ、サービスの供給が不足し、価格が急速に上昇するだろう。こういう状況になると、「サービス業への生産資源の流入が拡大するのではないか」と奚助理教授は分析する。逆説のようだが、製造業の生産性のさらなる向上を促進すれば、生産資源がサービス業へ流れ、サービス業がさらに発展できるということになる。
■中国には「早すぎる脱工業化」は存在しない
ここで、中国の「早すぎる脱工業化」について考えよう。中国経済全体におけるサービス業の割合は、雇用で見てもGDP比で見ても、先進国の過去の同時期の水準(1人当たり実質GDPで見ても)を10数ポイント下回っていると奚助理教授は指摘する。
サービス業の割合が非常に低いことは、ほかの専門家も指摘している。中国社会科学院世界経済与政治研究所の張斌副所長は6月11日に行われた会議で、「わが国は第一次産業への就業の割合が非常に高く、第三次産業への就業の割合が非常に低い」と指摘した。
サービス業の割合が低いことは、経済にも好ましくない影響を与えるため、今後発展させる必要がある。その理由として、記事は、次のことを挙げている。
第一に、サービス部門の労働所得のシェアが製造業より高いことだ。サービス業の経済における割合が低いことは、中国のここ十数年の労働所得のシェアが低い大きな原因となっており、「先進国の労働所得のシェアは一般的に60〜70%の間をキープしているが、中国の労働所得のシェアは近年、40%前後で推移している」と奚助理教授は指摘する。労働所得のシェアが低すぎると、所得分配がより不平等になる。
第二に、農産品や工業品に比べて、作り出されたサービスの大部分は貯蔵や貿易ができず、その場で生産・消費するしかない。そのため、中国のサービス業の割合が低いということは、中国の内需不振、消費の割合が非常に低いこと、対外貿易への依存度が非常に高すぎることと密接な関係があり、中国が現在進めている国内大循環と双循環戦略にも影響が出る。
第三に、サービス業は工業に比べて単位GDP当たりのエネルギー消費量と汚染排出量が製造部門よりも低いため、サービス業の割合が著しく低いことは、中国のエネルギー消費量と汚染排出量の増大にもつながるため、中国の「持続可能な発展」の政策にとってプラスとなる。
第四に、サービス業は人々の生活と密接な関係があり、人々の生活水準と幸福感に直接影響する。現在、中国の人々が最も関心を寄せている教育、医療、養老などの問題は、いずれもサービス分野に属する。また、最も大きな問題は、関連産業が提供する製品が、質・量ともに、人々の需要と大きなギャップがあることだ。これらの現象は人々の幸福感の向上を著しく制約するため、サービス業の発展は必須である。
このことから、中国のサービス業は現在の中国経済にとって重要なもので、発展させる必要があるが、発展途上であり、「早すぎる脱工業化」は存在しない。
■サービス業の発展を妨げる制度的・政策的要因
中国の現段階でのサービス業が十分に発展していない背景として、記事は次のような制度的・政策的要因を挙げている。
第一に、中国の戸籍・都市化政策だ。ここ10数年、中国政府は都市化政策を進め、都市化のレベルは高まったが、大都市への人口集中を避けるため、人口密度がより低い農村や小都市、大都市の周辺地域への分散を行っている。
前述のように、ほとんどのサービスは、作ったらすぐに消費する必要があるため、企業と消費者と近距離でやり取りされる。これは、サービス業にとって人口密度は農業や製造業よりも重要であることを意味しており、人口を低密度地域に誘導する政策は、サービス産業の発展を抑制し、経済におけるサービス産業の割合を小さくすることになると奚助理教授は指摘する。
第二に、サービス部門の過剰な規制と参入制限だ。教育、医療、金融など中国の多くの重要サービス産業は、製造業に比べて参入制限や規制が厳しく、生産資源の流入が制限されている。
前出の張副所長は、現在の中国の弱点として、「市場化の程度が低いサービス業(公共サービスを含む)の発展が遅れている」ことを指摘している。
教育や医療は公益性があるため、公的部門のある程度の介入は必要だ。だが、公的部門が過剰に介入すると、サービスの質の低下も引き起こすため、中国はこういう分野にも民間資本の参入を徐々に認めてきており、「民」の力を入れることによって競争を活性化してサービスの質をアップさせようとしている。
奚助理教授はまたもう一つの問題として、監督管理部門が文化産業と新興サービス業に対しても過剰な介入・監督管理を行っていることを指摘する。現在の中国は資源配分における市場経済の役割を発揮させる方針だが、「秩序ある競争」の環境をつくっており、「政府の見える手」による監督管理は必要だ。
だが、それには欠点がある。介入と監督管理は往々にして一律のもの、「運動式法執行(法執行部門がヒト・モノ・カネなどの資源を集中してある分野の大きな問題の解決を目指す比較的大きな法執行活動)」となるということだ。これは、関連企業の正常な生産運営計画を妨害し、企業の生産意欲を削ぐ要因となると、奚助理教授は指摘する。
第三に、地方政府は実物投資と製造業を重視する政策をとりがちだ。これまで、地方政府は、GDPの成長を重視したため、実物投資や製造業を過度に好む傾向があった。
地方政府は実物投資を重視・奨励しているが、教育、健康、文化などの人的資本への公的投資は大きく不足している傾向にある。後者はサービス業のカテゴリーに入る。
一方、製造業企業はサービス業企業に比べて規模が大きく資本密度(企業の資本投入と労働投入の比率)が高く、税収アップにつながるため、地域のGDPの短期的拡大をもたらすことから、地方政府は重視がちだ。例えば、都市建設用地の分配で、地方政府は往々にして工業用地の価格を低く抑え、商業住宅用地の価格を高くし、両者の格差を数倍または10倍にすることがある。こうした形を変えて製造企業を補助する政策は、経済資源を製造部門に過度に注ぎ込んでいる。
以上見てきたように、サービス業と製造業は相互補完の関係にあり、どちらか一方に偏った政策をとることは好ましくない。サービス産業の発展はモノが存在しなければならない。ものづくりは重要だが、それをサポートするサービスが必要だ。
そのため、記事は「中国には現在『早すぎる脱工業化』の問題は存在しない」と結論づけているが、まさにその通りだ。中国の人々の生活などに資するサービス業はまだ発展の途上で、製造業に取って代わるほどのものではない。
今後の中国の経済発展はサービス業と製造業の両輪で推し進める必要がある。
■筆者プロフィール:吉田陽介
1976年7月1日生まれ。福井県出身。2001年に福井県立大学大学院卒業後、北京に渡り、中国人民大学で中国語を一年学習。2002年から2006年まで同学国際関係学院博士課程で学ぶ。卒業後、日本語教師として北京の大学や語学学校で教鞭をとり、2012年から2019年まで中国共産党の翻訳機関である中央編訳局で党の指導者の著作などの翻訳に従事する。2019年9月より、フリーライターとして活動。主に中国の政治や社会、中国人の習慣などについての評論を発表。代表作に「中国の『代行サービス』仰天事情、ゴミ分別・肥満・彼女追っかけまで代行?」、「中国でも『おひとりさま消費』が過熱、若者が“愛”を信じなくなった理由」などがある。
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