野上和月 2021年6月7日(月) 9時20分
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香港では、8月末までに新型コロナのワクチンを接種した市民を対象に、豪華懸賞や特典が続々登場している。写真はワクチン接種を勧める政府の巨大広告。
億ションや新型航空機の貸し切り飛行、地下鉄の年間パスに飲食割引、特別有給休暇――。香港では、8月末までに新型コロナのワクチンを接種した市民を対象に、こんな豪華懸賞や特典が続々登場している。ワクチン接種開始から3か月経っても接種率が2割にも満たないことにしびれを切らした香港政府が、企業に接種促進の協力を要請する中で、飛び出してきたものだ。香港人は普段から特典には目がないとあって、接種の予約件数は急増しているが、政府が目指す接種率7割に向けてどこまで効果を発揮できるだろうか?
「企業の社会的責任を示したものだ」「歓迎する」――。5月末、大手不動産会社が、8月末までにワクチンを接種した香港人を対象に1080万香港ドル(約1億5000万円)の億ション1戸を抽選でプレゼントすると発表。世間をアッと言わせた際に、政府高官らはこう評価した。これらの発言に呼応するかのように、今、懸賞や特典を発表する企業や団体が相次いでいる。また、政府が、ワクチンを接種した公務員には特別有給休暇を与えると発表すると、同様な措置を取る企業が続々と出てきているのだ。
香港でワクチン接種が始まったのは2月下旬。希望者は中国製「シノバック」か、ドイツ製「ビオンテック」を選べる。接種は任意で無料。スタート当初は、予約ができないほど予防接種への期待は高かった。ところがまる3か月経っても接種率は2割に届かず、ワクチンは山積み状態。政府は、余ったワクチンを第三国に寄付することも考えると言い出す始末だ。
市民の反応が冷淡になった理由はいくつかある。スタートして間もなく、接種後に死亡するケースが相次ぎ、ワクチンを不安視する見方が一気に広がった。専門家や政府は、死亡とワクチンとの関係性を否定するが、高齢者や慢性疾患者を中心に接種を避けるようになった。ワクチンが短期間で商品化されたことや公表データが少ないことから、安全性に疑念を抱き、どんな副反応が出るのか見極めたいと、様子見の市民が少なくないのだ。
しかも、今は、街中で、無料で簡単にPCR検査ができる。市中での新規感染者が0(ゼロ)の日が続き、専門家は昨秋から始まった感染第4波は収束したと宣言もしている。インドのように感染リスクが高ければ話は別だが、今の香港は感染よりも、接種後の副反応や死亡の方が怖いと考える市民が少なくないのだ。さらに、ここ最近の政府への不信感も多分に接種意欲に影響していると言われている。
こうした現状を打開するため、政府は8月末を区切りとして、企業にも協力を求め、官民あげて接種率を高めていくことにしたわけだ。
政府は、啓もう・宣伝活動の継続はもちろん、新たに「ビオンテック」の接種対象を16歳以上から12歳以上に拡大することを決め、通常の学校活動に戻すためにも接種を呼び掛けていく。一方で、無料のPCR検査は8月末で終了する。また、感染第5波が起きたら、予防接種を受けていない市民の、レストラン、学校、映画館、図書館などへの立ち入りを禁止する可能性を示唆するなど、あの手この手で接種へと誘導する。
一方、協力を求められた企業側は、億ションの抽選以外にも、例えば、空港管理局は6万枚の航空券を抽選でプレゼントする。地下鉄運営会社は、500枚の年間パスを懸賞にする。キャセイパシフィック航空は、エアバスの最新機種を貸し切りにして香港上空を飛行する「フライケーション」や、合計2000万のマイレージをプレゼントする。預金金利を上乗せする銀行も出てきた。テーマパークやホテル宿泊の優待、飲食店の割引など、特典は豪華で多岐に渡る。
企業としても、集団免疫の確保によってコロナ前の経済活動を取り戻せるのであれば、政府への協力を惜しまないというわけだ。
ただ、こうした懸賞や特典での誘導に、市民は賛否両論。
「マンションの抽選は宝くじのようなものだけど、様子見だった市民の中には数々の懸賞につられて接種する人が出てくると思う」と、好意的にとらえる市民もいれば、「懸賞よりも、ワクチン接種者は隔離なしで海外旅行ができる政策を打ち出してほしい」と、実益を求める市民もいる。また、「ワクチンを打つ打たないは、健康上の理由もあるし、個人の自由。行き過ぎだ」と、反発を強める向きもある。
良くも悪くも数々の特典が話題となり、それまで1日当たり1万人程度だった予約件数は、うなぎ上り。多い日は5万人近くが予約を入れるなど、一定の効果が出ている。6月3日現在、1回目の接種を終えた人は約144万2900人(摂取率は22.0%)、2回目は約105万9700人(同16.2%)となった。懸賞や特典で消費者心理を巧みに動かすのは、香港の小売業や飲食業はお手の物だ。この3か月間、果たして政府と財界の目論見通りに接種者は増えていくのか、俄然注目が集まっている。(了)
■筆者プロフィール:野上和月
1995年から香港在住。日本で産業経済紙記者、香港で在港邦人向け出版社の副編集長を経て、金融機関に勤務。1987年に中国と香港を旅行し、西洋文化と中国文化が共存する香港の魅力に取りつかれ、中国返還を見たくて来港した。新聞や雑誌に香港に関するコラムを執筆。読売新聞の衛星版(アジア圏向け紙面)では約20年間、写真付きコラムを掲載した。2022年に電子書籍「香港街角ノート 日常から見つめた返還後25年の記録」(幻冬舎ルネッサンス刊)を出版。 ブログ:香港時間インスタグラム:香港悠悠(ユーザー名)fudaole89
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