<コラム>中国人が選ぶ好きな中国料理10品で知る、インバウンドの「食」のおもてなし

大串 富史    2021年1月12日(火) 17時20分

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中国人が選ぶ好きな中国料理10品の一つである、覇王別姫。あの項羽と虞美人を模したもので、「四面楚歌」の故事を描く京劇にちなんだもの。元々の名前は龍鳳燴といい、スッポンと仔鶏のごった煮である。

自分はどちらかというと、中華料理や中国料理が好きな人間だったように思う。

親と一緒に銀座アスターあたりに行って中華料理を食べ「本物は違うなあ」などと子供心に思ったり、中国に来る前は友人たちと中国人コックのいる中国料理店に足を運び、毎日中国料理でもいいぐらいに思っていた。

だが前のコラムでも述べたように、中国の中国料理というものは日本人のためのものでも他の外国人のためのものでもなく、中国人自身のためのものなのだと中国に10年以上いてつくづく思う。

もう少し正直に言うと、僕の場合、10年ぐらいではまだまだ「中国人」になれそうもない。

具体例を挙げると、中国にいる僕は毎朝のように棗(ナツメ)や枸杞(クコの実)の入った小米粥(粟粥)を食べている。

中国で本場の粟粥を食べたことのある人であればお分かりだろうが、この粟粥は日本の全粥を2、3倍薄めたような感じで、しかも塩やダシを入れたりはしないから、まさしく素材の味だけの勝負である。というか、日本人の僕からすれば味がほとんどない。

でどうなるかというと、日本から取り寄せたインスタント味噌汁をその中に溶いて食べたりする。今はコロナで日本から僕のためにインスタント味噌汁を持ってきてくれる友人もいないから、仕方なくそのまま食べている。

ちなみに中国にも日本の味噌に似たもの(韓国味噌としても知られる、合わせ味噌によく似た味の大醤つまり黄豆醤)があるのだが、それを味噌汁のようにして飲むことはない。ましてダシを入れご飯に合うよう塩をきかせるなどという発想は中国人にはない。

だからこれから挙げる「中国人が選ぶ好きな中国料理10品」というのは、日本人にとって究極であるとか至高であるとかいうわけではないかもしれない、という点をまずご了承いただきたい。

もちろん、中国最強のグルメ十傑をつかまえてランク外の粟粥と同列視するつもりなど全くない。ただ外国人で日本人の僕から言わせれば、「中国人が選ぶ好きな中国料理10品」にせよ粟粥にせよ、中国料理はどれも同一線上に位置している。つまり、日本人が美味しいと思う味の種類や味の濃さとは、また別の線上に位置している。

とはいえ今回リストが中国人にとって究極または至高となるよう、そして日本人にとって「理解不能」とはならないよう配慮し、同時に先の記事でご紹介した油炸知了猴(セミの幼虫の油揚げ)のような「黒暗料理」(いわゆるゲテモノ)も除外したのでご安心いただきたい。

ではまず、「中国八大料理はどんな料理で代表的なグルメは何か知ってます?中国人は皆知っている | 百度」「中国八大料理 | 李錦記 日本」あたりを参考に、中国四大料理また中国八大料理それぞれの代表格な料理を網羅する。

同時に「中国十大グルメランキング大全-あなたのふるさとグルメはある?| 百度」「全中国10大グルメ-なんと2つしか食べたことがない!あなたはいくつ?| 騰訊新聞」といった記事も参考にしてみる。

ちなみに中国四大料理(四大地方菜)とは、山東料理(魯菜)、四川料理(川菜)、広東料理(粤菜)、江蘇料理(蘇菜)のことで、これに浙江料理(浙菜)、安徽料理(徽菜)、湖南料理(湘菜)、福建料理(閩菜)を加えると中国八大料理(八大地方菜)となる。

1.紅焼海参(魯菜)

山東料理の一つ。本当は中国のサイト同様、山東省生まれの僕の中国人の妻が推す炒猪腸を挙げたいところを、ぐっとこらえてこちらを推す。というのも炒猪腸は書いて字の如く豚の大腸を使った料理であるため部位独特の風味があり、僕らは日常的に食べて既に慣れっこなものの日本人の皆さんの口にはまず合わないからだ。一方でこの紅焼海参は、きっとお食べになったことがあるであろう紅焼肉(中華風豚の角煮)のナマコ版である。高級料理の一つであり、薬膳だと思って食べれば思ったより美味しい(かもしれない)。

2.辣子鶏(川菜)

代表的な四川料理で、「鶏肉のから揚げを大量の唐辛子や花椒などと共に炒めた料理」。探せばレシピもあるし、日本の中国料理店で食べることができる。僕個人としてはむしろ麻辣香鍋あたりを押したいところなのだが(辣子鶏より辛くないものもオーダー可能)、中国のサイトはどれもこれを押しているのだから仕方がない。「四川人は辛さを恐れず」という言い習わし通りに四川人を体感できる料理の一つ。

3.叉焼(粤菜)

広東料理として世界的に名高い。中国語のサイトで一押しだった秘制叉焼鶏や他の鳥料理を制し、中国人が好きでなおかつ日本人の口にも合うということでランクインした。ただ単にチャーシューと言ってしまうと敷居がぐっと低くなるが、これが広東人の一押しであることを念頭に置きつつ、日本向けにローカライズされたものではない本場の味を中華料理・中国料理店で是非チェックしておきたい一品。

4.叫花鶏(蘇菜)

別コラムで挙げた「外国人が選ぶ好きな中国料理10品」には入っていなかった江蘇料理の一つ。「下処理した鶏を蓮の葉でくるんだのち、さらに土で全体を包み、丸ごと炉で蒸し焼きにする」とある。日本でこれを出す中華料理・中国料理店があるかどうか確認できなかったので、中国に来たら是非味わってほしい一品である。

5.西湖醋魚(浙菜)

浙江料理で、日本で言うところの「西湖でとれた草魚の甘酢あんかけ」。日本の中華料理店や中国料理店でも食べられるので敷居は低い。日本のサイトでは「骨が多くて食べにくい」といった日本人向けの記述が多くみられるが、その手のことを全く気にしない中国人(浙江人)になったつもりで箸と手を使ってひたすら食し、せっかくの興をそいでしまいかねない日本人的感情や習慣を封印する必要がある。

6.無為燻鴨(徽菜)

安徽料理は「外国人が選ぶ好きな中国料理10品」に入っていないものの、無為板鴨とも称されるこの料理は、中国十大菜(中国十大おかずの意味)として名高い。中国人に言わせると脂乗りがよく身も柔らかいのに風味はまさしく北京ダックだそうで、中国旅行の際の美食チェックリストにぜひ加えたい一品といえる。

7.覇王別姫(湘菜)

湖南料理であるが、江蘇料理(蘇菜)とも安徽料理(徽菜)とも称される。ではなぜ湖南人一押しの湘菜の腊味合蒸や東安子鶏ではなく覇王別姫なのかというと、中国人にとって知名度が全然違う。それもそのはず、この料理はあの項羽(霸王)と虞美人(虞姫)を模したもので、京劇「覇王別姫」(「四面楚歌」の故事を描く中国歌劇で同名の映画もある)にちなんだものだからだ。この料理の元々の名前は龍鳳燴といい、スッポン(龍)と仔鶏(鳳)の燴(ごった煮)である。

そして申し訳ないのだが、中国では鳥でもなんでも頭部を食べるので調理して出すのであって、別に日本人をギョッとさせようとしてそうしているのではない。僕のハーフの娘なども6歳にして、鳥でもなんでも頭部を毎回必ず美味しくいただいている。

8.佛跳牆(閩菜)

福建料理は「外国人が選ぶ好きな中国料理10品」にはないものの、中国では「仏跳墻を食わずば中国料理を食わずも同じ」ほどの言われ方をされている。僕はまだ中国本場のものを食べる機会に恵まれていないが、「美味しんぼ」でも紹介されているそうで、日本の中華料理/中国料理店でも食べられる模様。

9.清蒸武昌魚(顎菜)

顎菜(別名:楚菜)というのは湖北料理のことで、上述の中国八大料理には含まれていないものの、中国十大料理の一つとされる(残りの一つは京菜つまり北京料理)。武昌魚というのはコイ科の淡水魚のことで、清蒸武昌魚は「毛沢東も愛した武漢名物」とされているものの中国全国のレストランで普通に食べられる。なお清蒸魚というのは日本のような水蒸気による蒸し魚(日本風ムニエル)のことではなく、高温の油を魚の身にかけて蓋をして蒸す料理法を指す。

10.東坡肉(浙菜/川菜/顎菜)

地理的には浙菜つまり湖南料理とされる。恐らく日本で最も知られ、結果として「十傑」中で日本人にとっての究極または至高の中国料理と思われる。日本語のレシピも出回っているから、とりあえず日本にローカライズされたものを自宅で作り味わってみることも可能。

上記料理は「中国人が選ぶ好きな中国料理10品」ではあるが、僕の中国人の妻は山東省出身のため、たとえば福建料理(閩菜)の佛跳牆をいまだ食べたことがない(記憶に薄いまたは食指が動かない)。逆に中国の別の地方の人の中には、山東料理(魯菜)の紅焼海参を食べたことがない(記憶に薄いまたは食指が動かない)人がきっといることだろう。

とはいえ上記10品こそが、中国のそれぞれの地方で結婚式や他の会食の機会に必ずや出され、その地域でよく知られている「中国ふるさとグルメ10品」であることは間違いない。

ところで最初の話に戻ると、僕は日本にいた頃は「お味噌汁をなるべく飲まない」派だった。一つしかない口と舌と胃袋を、どうして味噌汁ごときのために空けておかなければならないのか!ぐらいにさえ思っていた。

それが中国に来て10年にもなるのに、この体たらくである。味噌汁が美味しくて粟粥が不味い、という話ではない。味噌汁のしょっぱさやダシの味に、日本人として思いのほか慣れてしまっている。

だが、これは僕一人だけの話ではなかろう。言ってしまえば僕ら日本人にとって、美食国1位はやっぱり日本なのである。

さらに言えば、僕らが本当に関心を向けるべきなのは「中国人が選ぶ好きな中国料理10品」でもなければ「外国人が選ぶ好きな中国料理10品」でもない。日本経済再建のカギを握るインバウンドの「食」のおもてなしはどうあるべきかということこそ、国民的関心事になってしかるべきなのではないか。

では、インバウンドの上得意様である中国人旅行客に対する「食」のおもてなしは、一体どうあるべきなのか。

当然のことながら、中国旅行者に対し日本人が選ぶ好きな日本料理10品を出したところで、それが中国旅行者にとっての究極また至高のおもてなしとなるとは限らない。

では中国人が選ぶ好きな中国料理10品を出せばいいのかというと、それも違う。日本に来る中国人旅行者が本場の中国料理を食べに日本に来るわけがないからだ。

だとすると、この一連の「中国料理」関連コラムから導くことのできる結論とは一体何か。

最初のコラムでは、世界ランク5位の日本料理は世界ランク2位の中国料理には及ばない、といった意味のことを書いた。

中国人を含む外人旅行者が本場の日本料理を求めているのは事実であるものの、世界ランク5位を維持できるような日本料理、つまり「中国人が理解できる」ような日本料理で「おもてなし」をするなら、最善の結果を期待できる。

二番目のコラムでは、世界ランク2位の中国料理の実力を「外国人が選ぶ好きな中国料理10品」という形で推し量った。

結論はというと、世界ランク2位を支えているのは実のところトップ10品ないしは後続の数十品に過ぎない。後の「選手」つまりランキング100やら1000やらの中国料理は、中国の「国内戦」でしか使えない。この原則は実際すべての国の料理に、つまり日本料理にも当てはまろう。

そして三番目のこのコラムで「中国人が選ぶ好きな中国料理10品」をご紹介し、日本人の僕たちはもちろん中国人さえすべて食べてはいないかもしれない中国最強のグルメについて考えた。

同時に味噌汁ごときのランク外な日本料理が、日本人が美味しいと思う味の種類や味の濃さと同一線上に位置しているゆえ、「日本人として思いのほか慣れてしまっている」僕にそれなり訴求しているという現象もご紹介した。

つまり中国人旅行者に対する「食」の面での最高のおもてなしの一つとは、中国最強のグルメと「同一線上」にあるもの、すなわち彼らが日常飲み食いするものを如才なく準備しておくことにある。

たとえば、味噌汁を準備する代わりに粟粥を準備できる。

というのも、中国人客がよく泊まる日本のホテルの朝食バイキング等で粟粥が出されたという話を、僕はいまだに聞いたことがないからだ。

ホテル関係者の皆さんであれば、ついでに油条(中国揚げパン)や包子(日本の肉まんに近いが肉餡や野菜餡の種類が多い)も用意して、頑として日本料理しか出さないお隣の高級旅館また高級ホテルに一矢報いることができないかどうか試してみる価値は十分にある。

あ?粟粥?冗談にもほどがありますよ、と言われるだろうか。だがこれは僕の私見ではない。たとえば僕が10年前に書いた「【中国ファーストフード戦争】マックがケンタに勝てない理由 | KINBRICKS NOW(キンブリックス・ナウ)」などをご参考いただければすぐ分かる。

中国においてケンタッキー・フライド・チキンは、マクドナルドよりずっと本気で中国人に寄り添っている。というか端的、勝ち残れるかまたは生き残れるかどうかがかかっているから本気にならざるを得ない。

それで最後に、日本人の友人が広州のイオンで買ったというチキンラーメンを家族で美味しくいただいた経験をお話ししたい。

僕は全く違和感がなかったのだが、その友人夫婦に言わせると「イオン」で買った「日清食品」の「チキンラーメン」なのに、なんだか不思議な味だった(また食べたいとは思わない)とのこと。そう言われれば、粉末スープと液体スープが添えられていること自体、日本とは全然違う。

その「チキンラーメン」を美味しくいただいた僕は、どうやら中国滞在10年を経て既に「日本人」ではなくなっている模様である。

その半ば中国人な僕から言わせれば、中国のイオンも中国の日清食品も「中国人が選ぶ好きな日本のインスタントラーメン」を目指しているあたり、ブレていない。本気がうかがわれる。その証拠に、既に「日本人」ではなくなっている僕にも訴求した。

お客様は中国人なのである。日本人では決してない。インバウンドの「食」のおもてなしもまたしかりである。というか端的、勝ち残れるかまたは生き残れるかどうかがかかっている。

■筆者プロフィール:大串 富史

本業はITなんでも屋なフリーライター。各種メディアでゴーストライターをするかたわら、中国・北京に8年間、中国・青島に3年間滞在。中国人の妻の助けと支えのもと新HSK6級を取得後は、共にネット留学を旨とする「長城中国語」にて中国語また日本語を教えつつ日中中日翻訳にもたずさわる。中国・中国人・中国語学習・中国ビジネスの真相を日本に紹介するコラムを執筆中。

関連サイト「長城中国語」はこちら

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