<コラム>米中貿易摩擦時代の日中ビジネス(3) 中国の双循環政策と世界経済への影響

松野豊    2020年10月23日(金) 10時0分

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米中摩擦は、当初の貿易不均衡問題から経済構造や政治体制問題にまで及んできており、摩擦は長期化の様相を見せている。写真は中国の工場。

米中摩擦は、当初の貿易不均衡問題から経済構造や政治体制問題にまで及んできており、摩擦は長期化の様相を見せている。そしてこの摩擦の激化が現在の中国の経済・産業政策にもたらす変化は、決して小さくはないだろう。

米中摩擦が中国の経済や産業に与える影響として、主に以下の3つがあげられよう。第一は、米国の直接的で周到な中国封鎖政策が顕在化したことで、中国は特にハイテク産業面においては、これまでの貿易依存から自前主義に大きく舵を切っていくだろう。

第二は、米国が進める中国包囲網を弱めるために、これまでのような途上国だけでなく日欧への接近を図ると考えられることだ。ただし外交政策と経済政策の連携が悪く、この試みは今のところうまくいっていない。

第三は我々にとってプラスとなりそうな影響だ。つまり一連の米中摩擦によって中国の経済・産業の構造改革が加速されると想定されることだ。思い起こせば、1970~90年代の日米貿易摩擦は、日本の流通業などに改革をもたらすきっかけとなった。

中国では、まもなく五中全会(中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議)という重要な会議が開かれる。習近平政権の長期化などの注目点もあるが、政府としての最大の仕事は、2021年度から始まる「十四次五か年計画」の策定だろう。

話は少しそれるが、中国はこれだけの経済大国でかつ「資本主義的」な政策運営を取り入れながら、現在も五か年計画と呼ぶ「計画経済的」手法を続けている。日本などでは政府の中長期計画はあくまで一つの目安に過ぎないが、中国の場合は、五か年計画に書き込まれた政策に集中的に予算が配分される。逆に言えば、五か年計画に書かれていない産業分野は発展しないということになる。

さて、2021年を初年度とする第十四次五か年計画の幹となる政策は、「双循環」だと言われている。メディアでは、この計画策定に関わると思われる著名な政策ブレーンから、この双循環政策に対する解説が提示され始めている。

「双循環」政策は、「内循環」と「外循環」から構成される。「内循環」は、米中貿易摩擦や新型コロナ問題で悪化した外部環境に対応するために、中国国内での経済成長を促進すべく内部の経済循環を強化することを意味する。また「外循環」は、強化された内循環を背景に国際的な循環(貿易、投資など)とリンクさせ、中国の世界経済における優位性を確保していくということである。

「内循環」の目標は、主に内需拡大と技術の自前化だろう。内需拡大は、これまでも持続的経済成長のために掲げられてきた政策である。地方の都市化促進、経済のデジタル化などによるサービス産業の発展、中国内の消費財の品質向上などが中心になる。また米国による技術封鎖に対抗するためには、半導体や複雑性製品などを中国が自前で製造できるようにしていく必要があり、この方面には国家の巨大な予算が投じられるだろう。

内需拡大に関しては、これまでの政策の方向性と変わらないように見える。しかし経済成長に直結し、政策の実現をより確実かつ継続的なものにするためには、手をつけるべき重要な課題がある。

それは、中国内に存在するいわゆる「社会不均衡の是正」である。都市と農村の戸籍差別問題やそれに関係する都市部での公共サービスの不公平問題、急増する大卒者の就職問題、経済活動で生み出された所得の再分配問題、そして省市間の地域格差問題に至るまで、中国社会に存在する不均衡問題は、枚挙にいとまがない。

しかし、中国が今回の米中摩擦やコロナ問題をきっかけに、この社会不均衡問題に真剣に取り組むことになれば、中国国内の産業活動の障害となっていた様々な課題が取り除かれていく可能性がある。総じていえば中国で産業活動を行っている外国企業にとっては歓迎すべき改革であることは間違いない。

一方「外循環」の目標は、中国の産業が国際競争力を高めていくことだ。まずはどのような国際情勢や外部環境の変化があっても、中国を軸とする産業チェーンやサプライチェーンが強固に保たれること。そして中国の特にハイテク産業分野で企業が高い付加価値を得られるように、国内の産業構造転換(産業転型)を図っていくことである。

「外循環」の目標実現のためには、特にハイテク技術分野での対中投資を継続・促進し、そのために中国国内の市場開放度や技術インフラ整備を現在よりもさらに高めていく必要がある。これも外国企業にとっては歓迎されるべき政策であろう。

このようにみると、中国の今後5年間の主軸になると思われる「双循環」政策は、世界経済にとって表面的には良いことだが、しかし注目すべきはその遂行手法だ。「技術の自前化」と「市場開放」は二律背反する政策だと言えるし、「対中投資促進」は、積年の課題である「知的財産権保護」の厳格な担保などが条件になる。

フランスの著名な歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏は、「米中摩擦などでみられる世界の分断はある種必然的な現象である。この世界的なグローバリゼーションの見直しで中国がこれまで世界経済から受けてきた恩恵は減少する」と述べている。

中国の識者の間には、現在世界経済で起きている分断現象の原因が、米国覇権力の劣化や伝統的資本主義の敗北にあると言い張るような論陣が目立つ。しかしトッド氏が指摘するように、中国はこれまで世界経済から得てきたものが今後失われていく可能性がある。

つまり良いこと尽くしにも見える中国の「双循環」政策だが、これを実現していくためには、中国自身の改革も必然なのである。この“外圧”に対しては、反発するだけではなく自らの構造改革に最大限に活用していくことが不可欠である。次回以降は、中国の構造改革問題などを取り上げていきたい。

■筆者プロフィール:松野豊

大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。

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