<コラム>皇帝の世紀 ツァーリズム

石川希理    2020年7月23日(木) 23時0分

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「ツァー」とは、一般的に、昔のロシアの皇帝のことだ。帝政ロシア時代である。世界初の共産党政権であるソビエト連邦が出来る以前は、この絶対的権力者が君臨して国民は貧しい農奴であった。

「ご主人はん、なんやえらいタイトルでんな。皇帝いうたら、ナポレオン?」

「ワン、ようしっとるな。賢い犬や」

「なんや、蔑まれているような感じの言い方でんな」

「あ、しつれい…つい、つい、いけないと思いつつ、『犬のくせに』と思ってしまうな。反省」

「まあ、よろしいけど、皇帝って、ナポレオンとちごうたら、秦の始皇帝?」

吾輩はワンの賢そうな柴犬顔を見ながらゆっくり口を開いた。

この「皇帝」コラムを書いたのには理由がある。普段は、吾輩の新しいコラムがあがっていたら、一応読み直す。時折、間違いや抜け、過ちを見つけるが、後の祭りである。コメントまでは見ない。ところが先日、たまたま画面を下にさげたら、「香港の新しい法律について、コラムで意見を聞かせろ」という、書き込みがあった。「あらら、厄介なものを見てしまった」と思ったが、「ふーむ」と気になった。コラムへの感想とか、反対意見とか、文句とか、注意、持論の展開と言ったものではない。この方、若い人だと勝手に思っている。若い男性だろうと妄想している。しかし、内容は、真剣に考えられた上、72歳の老人の意見も聞きたいのであろう。

「それで『皇帝』と、どう関係しまんねん? 前置き長すぎまっせ」

「ワン、まあ急かすな。高齢者はくどくどと長い。いずれお前も高齢者になる」

「ま、まま、いいでっしゃろ。それで」

吾輩は身を乗り出してきたワンの左手、左前足を押しのけて、キーボードを叩いた。

ロシアプーチンさんが、憲法改正をして長期政権を可能にした。読売新聞の記事だと選挙で、投票や集計の疑惑があるそうだ。まあ、いつものことだが、これで彼は『ツァー』になった。

「旅行に行くんでっか」

ワンがニヤリニヤリとしつつ聞く。

「ワン、違うと判ってて、聞くな! 難儀な奴や!」

「へい、ワワーン」

「ツァー」とは、一般的に、昔のロシアの皇帝のことだ。帝政ロシア時代である。世界初の共産党政権であるソビエト連邦が出来る以前は、この絶対的権力者が君臨して国民は貧しい農奴であった。半ば奴隷状態の国民である。

現在のロシアの国民は「農奴」ではない。一応、民主主義的手法で、プーチンさんは「皇帝」に近づいたわけだ。昔のように官僚制を従え、武力を持ち、自由を完全に封殺し、平等も求めないというシステムではない。

グローバルな政治経済体制下では、一国だけでの専制政治は、大きな国ほど難しい。しかし、西欧型の民主主義国家から見ると、権力の集中度合いで、プーチンさんは現代の「皇帝」と言えるかも知れない。

大統領と言っても、形式的な国の場合もある。しかし、ロシアの大統領は、日本の「首相」と違い、強大な権力がある。その大統領を30年も、40年も、しかも院政まで出来る仕組みを作ったのだから、これは「皇帝」の誕生と言っていい。

アメリカの大統領は、最長2期8年しか勤められない。これは、「権力は絶対に腐敗する」という長年の人類の経験があるからだ。卑近な例だと、どのような組織でも通常一つの処で、ベテランになり、何事も判ってきて人の上に立ち、そこの権威になると、「人間は怠惰」になる。そして「傲慢になる」、権力的になる。

これは人間の習性らしい。もちろん例外的、偶然には、いつまでも謙譲で精進する人もいる。といって、人間の生殺与奪の権利まで持とうかという大きな権限を持つ政治家、トップに、その偶然を期待すると危険である。

ところが、ロシアでは異常な体制が、それを取り巻く勢力とともに続くことになった。北朝鮮の世襲という前近代的な制度と似ている指導者が出てきた。

一方、中国も習近平さんが、それまでの主席と違って、中国を建国した「毛沢東」のように、一身に権力を集めつつある。これも見方によると現代のツァー、「皇帝」である。

「そうでんな、現代社会で、世界の中心になるような、影響があるような大国では、いままで余り見まへん政治家ですもんな」

アメリカは大統領の権限は強大だが、批判してもいいし、マンガで面白おかしく描いてもいい。やり方がおかしければ、裁判に訴えも出来る。反対派もいるし、デモもする。「おれの街は独立する」と運動を起こしてもいい。議会が大統領を弾劾さえ出来る。

何より長くて8年で終わりである。もちろん、8年が長すぎるのではなく、「8年というのは短すぎる」ので十分取り組めない、という弊害はあるかもしれない。しかし長すぎる場合の危険性と比べると、はるかにましである。先に書いた「権力は腐敗する」というのは人類が長い歴史のなかで学んできたことなのだ。

また、現在、アメリカはコロナと人種差別で大騒動だが、それは、報道が自由だからでもある。8年の大統領でもニクソンの「ウォーターゲート事件」のように闇の部分もある。それでも基本的に「自由」で「民主」が実質的に保障されている。権力は監視され批判される。

さて、老人、吾輩や友人の意見を述べる。まあ吾輩の友人だから価値観の近いものが多いのだろうけれども、基本的に「自由」「民主」「人権」を守り「資本主義」をコントロールする社会に賛成だ。

「こんなコラム、書けない国もありますもんな。ひよっとすると、世界を見回すと、アフリカや南アメリカ大陸なんかも…。地球上では、実質的には、自由でない国の方が多いかも知れまへんなあ」

「うむ…。ワン、おまえ、人間よりエライ犬だなあ。立派な柴犬だ!ゴースト犬か、吾輩の頭の中の妄想犬か、宇宙人、いや宇宙犬か、はたまた異次元の生き物か…。ま、ええか…」

ワンの言うとおり、例えば教育制度がなくて、「識字率」が低くて、貧しい地域では、毎日、食べることに精一杯である。目の前の金持ちには憤っても、社会の仕組みとか、ワイロ・不正横行の権力まで思考が届かないだろう。もちろん監視機関も、中立的な裁判の仕組みも、なにより公正な、批判的な報道もない。

「で、香港はどうでんな」

「拙いと思うよ。こんな法律は反対だよ。暗黒政治だなあ」

「なんか行動しはりませんのか」

「そういわれると、言葉もない」

「ワーン、あまり追求するとご主人はん、頭のハゲが酷くなりますもんな」

「…ありがとう」

まあ、余談だが、思い出すと、吾輩の場合、母が「明日のお米がない」といった青春時代、23歳で入学した貧困と屈辱的な大学時代、48歳でのガンでの胃切除、世渡りベタの真面目人間…と、数え出すとキリがない。大変な人生だった。

「あらら…しりまへんでした。大学いうたら18歳で入学して、22歳で卒業チャイマンノン?」

「27歳で卒業した!!悪いか!ほっとけ!ワン!」

「いえいえ、悪いことおまへんワン」

「コ、コホン!落ち着きます」

いろいろあったが、でもまあ、日本の国に生まれたおかげで、勉強も出来、家庭も持ち、いまは年金ももらいつつ、老朽化する身体を医者にも診てもらい、生きさせてもらえている。

「自由に意見も表明できる」

「そうでんな、ものが言えてますもんな」

「吾輩の産まれる前は、日本でも、ものの言えない時代だった…」

「国は貧しくて、娘の身売りがあり、軍人が威張り、特別高等警察が監視していたんでんな…。エライ犬でっしゃろ」

現在の中国やロシアは、75年前の日本ほどでないにしても、相当程度発展は遅れている。基本的に貧しいし、人々の教育も先進国レベルには遠い。自分が幸せな立場で、相手の国を見下して、冷ややかに見ているつもりはない。だが、グローバル化の中で、そういった国が軍事的にも力を持ち、経済的にも世界のネットワークの中に入っている。心配だが、具体の行動と言われても、吾輩も、吾輩のような高齢者も困るだろう。

そして、日本国でさえ中国に対して「遺憾の意」しか表せないという現状がある。21世紀は西欧型民主主義が広まり、自由な社会が訪れると、ぼんやり思っていたが、どうもこのまま続いていくと「皇帝」と「新たな帝国主義」が膨張して行くかも知れない。

ただ、若い人には、甘い、ぬるいと言われるかも知れないが、高齢者だけではない我々の、か細い思い、小さな声がまとまって、「皇帝」に大きなプレッシャーになっているように思う。その、サイレントマジョリティの波が、日本の指導者や他の人々、世界の人々に、静かに及んで欲しいと考えている。

「サイレント…なんて、なんでっか?」

「物言わぬ大衆。だが、その小さな心の波が結局は、大きなうねりを作り出していく」

「ご主人様、そうでっしゃろか?」

「うむ…、自由な日本では、たぶん大きな力だと思うよ。その動きを掴んだ為政者が成功する…、と信じたい」

「人間の理性でっか…」

「…ん」

中国・ロシアと、陸地面積から言うと地球を支配するような大国である。軍事力も凄い。その国々の指導者が「皇帝化」しつつある。

「『皇帝の世紀』でっか」

「なんか、そんな気がする。『21世紀は皇帝の世紀』」

「対抗するのは、自由な高齢者でっか」

「ははは、いや、やはり若者だろうね」

「淋しいやおまへんか」

「『老兵は死なず、消えゆくのみ』とマッカーサーは言った」

「マッカーサーってだれでんねん?」

「第二次大戦で日本を占領した、アメリカの元帥」

「マッカーサーの言うように、老兵は消えゆくけれど、自由の波は起こしていく、いうんでんな」

「そうありたい。あと10年前後の間に、吾輩も友人達も次々に今生から去りゆく可能性が高い…」

「クゥーン」

ワンが淋しく泣いたので、吾輩も、しゅんとなってこのコラムを終わる。すみません。ひょんなことでコメントを読んでしまったので、こう言う次第になりました。人々が幸せで、善く生きられますように。

■筆者プロフィール:石川希理

1947年神戸市生まれ。団塊世代の高齢者。板宿小学校・飛松中学校・星陵高校・神戸学院大学・仏教大学卒です。同窓生いるかな?小説・童話の創作と、善く死ぬために仏教の勉強と瞑想を10年ほどしています。明石市と西脇市の文芸祭りの選者(それぞれ随筆と児童文学)をさせていただいています。孫の保育園への迎えは次世代への奉仕です。時折友人達などとお酒を飲むのが楽しみです。自宅ではほんの時折禁酒(笑)。中学教員から県や市の教育行政職、大学の準教授・非常勤講師などをしてきました。児童文学のアンソロジー単行本数冊。小説の自家版文庫本など。「童話絵本の読み方とか、子どもへの与え方」「自分史の書き方」「人権問題」「瞑想・仏教」などの講演会をしてきました。

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