<コラム>新型肺炎、文化に対する差別に結びつけるべきでない

如月隼人    2020年1月30日(木) 14時0分

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武漢市で発生した新型肺炎について、原因ウイルスが販売されていた野生動物から人に感染した可能性が指摘されている。「そんなものを食べるからだ」との非難が増えているようだ。写真は武漢。

湖北省武漢市で発生して感染が拡大しつつある新型肺炎について、原因となった病原体のコロナウイルスは、武漢市内の市場で販売されていた野生動物から人に感染した可能性が指摘されている。日本のSNSでは、「中国人がそんなものを食べているからだ」との非難が増えているようだ。本当に正当な非難なのだろうか。

指摘されている野生動物は、2002年から03年にかけて発生したSARSの教訓などから、野生動物から人へのウイルス感染を防止することを念頭に、中国の法律でも取引が禁止されているという。だとすれば、武漢市内の市場で取引されていたことについて、違法行為と非難することはその通りだし、それを放置していた当局への批判も成り立つだろう。

ただ、気になるのは、日本のSNSで、野生動物を食べることを「野蛮な食習慣」として非難する声があることだ。

人とは動物の一種であり、動物の一種であるからには他の生命を奪わねば自らが生きていけない。菜食主義についてなど話を広げるとややこしくなるので、ここでは動物を食べることは許されるという前提で議論を進めよう。では、命を奪う対象となる動物について「あれはよく、これはいけない」と、どうやって決められるのだろうか。

伝染病などの懸念がある場合や、絶滅の恐れがある動物を食用にすることを禁止するのは当然だ。しかしそのような場合を除いて、食用にすることの可否を設ける基準は存在するのだろうか。

考えねばならないのは、食の対象は一般的に、過去からの経験の蓄積と習慣に密接に結びついていることだ。つまり、「食」には文化としての側面がつきまとう。だからこそ、自分が属する習慣と異なるものを食べることに対して、強い違和感を持つことがある。

この違和感そのものについて、ここでは詳しく論じないが、人の本能に根ざすものと考えている。だから違和感を持つこと自体はやむをえないし、むしろ自然なことだ。しかし、自分の感覚だけで他者を非難したり排除するとなれば、話は違ってくる。

これだけ世界を人と情報が行き交う時代になると、異なる文化に接する機会も格段に増える。その時に大切なことは寛容さだと信じている。自分や自分の所属する集団(例えば国)に実害を及ぼすような文化や習慣は排除して当然だ。しかし、そうでなかったら寛容さを持つことが必要だ。でなければ、世の中はぎすぎすしていってしまう。憎しみの心と不信が増大する。それでは自分自身も苦しくなるばかりだ。

さて、野生動物を食の対象にすることを改めて考えてみる。「衛生面」などに関連する要素を除いて考えた場合「野生動物を食べることは野蛮」「そんな食習慣は間違っている」と主張することは、異なる文化への非寛容さを示すことではないのか。

SNSへの投稿を見れば「文明人はそんなことをしない」「ちゃんと飼育した家畜を食べればよいのに」「野生動物なんかを食べるのは文明的でない」という意見もある。「日本人はそんなことをしない」との意が込められていると理解してよいだろう。本当にそうだろうか。

日本人は古くから魚を好んで食べてきた。現在では養殖魚も多いが、魚とは本来、野生動物ではないのか。しかも、大量に流通している魚以外に、めったに水揚げされない魚が「高級魚」として珍重される場合も多いのではないか。日本ではそう珍しいとも思えないこの考え方は、野生動物を食用として珍重する中国人(中国人全員とは言わない)の考え方とどこが違うのか。

事情に詳しい人に聞いたのだが、魚類のウイルスが人間に感染して病気を引き起こす例は聞いたことがないということだった。もちろん、一部の魚は毒素を持っているし、寄生虫や食中毒を防ぐためにはしっかり加熱するなどの注意が必要だが、魚を食べることは、野生の哺乳類や鳥類を食べるよりもリスクが低いと言ってよいだろう。このことは日本人にとって幸いだったが、「野生動物を食べる嗜好」という点で本質上の差異はない。

私は、野生動物を食べる中国の習慣を非難する声に接して、極端な主張や行動を繰り返す、一部の欧米「反捕鯨団体」を思い出してしまった。

■筆者プロフィール:如月隼人

1958年生まれ、東京出身。東京大学教養学部基礎科学科卒。日本では数学とその他の科学分野を勉強し、その後は北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。毎日せっせとインターネットで記事を発表する。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。中国については嫌悪でも惑溺でもなく、「言いたいことを言っておくのが自分にとっても相手にとっても結局は得」が信条。硬軟取り混ぜて幅広く情報を発信。

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