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<コラム>徴用工裁判は日本の最高裁の判断が基礎になっている

木口 政樹    2019年7月15日(月) 17時40分

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安倍氏が韓国への半導体輸出規制処置を出してから、韓国内では日本製品不買運動が激しさを増している。資料写真。

安倍氏が韓国への半導体輸出規制処置を出してから、韓国内では日本製品不買運動が激しさを増している。1人デモといって、一人で大使館などの前に立ってプラカードを掲げながらデモをしている人らがいるし、デパートでは「うちは日本製品をおいておりません」というステッカーを貼って日本製品除外運動をくりひろげるところなど、日増しに日本タタキ、日本製品タタキがそのレベルを高めている。

今は日本製品タタキだけれども、もちろんその中心にはアンチ日本という気持ちががっちりとすくっているわけだ。こういう雰囲気は、満30年を越えて31年目にはいっている筆者の韓国生活のなかでは、はじめてのことだ。どうなっていくのか予断を許さない状況だけれど、こんなときこそお互い冷静なる対処が必要だとも考える。

さて今回は、徴用工裁判は韓国人が独りよがりに過去を蒸し返して起こされたものじゃなくて、実は日本の最高裁の判決がその基礎になっているということについて書いてみたい。強制徴用者(徴用工)問題の原点というか日本人としての基本的な気持ちとしては、1965年の日韓基本条約ですでに解決済みのはずなのに、なんで今更過去を蒸し返してこんな裁判を起こしてくれたんだよ、というものだと思う。ここのところをちょっと詳しく見てみよう。

1965年に日韓基本条約が結ばれた。その中の四つの協定の一つが請求権に関するもので、韓国政府はこのとき日本から「無償3億ドル(現在のレートで約320億円)、長期低利2億ドル(約220億円)相当の物資」を受け取った。韓国の輸出総額が年間2億ドルにも満たなかった時代のことだ。

この資金によって浦項製鉄ができ、京釜高速道路などが建設されたわけだ。これによって完全かつ最終的に請求権問題は解決されたとされている。なのになんで今また韓国から日本の企業に対して損害賠償の訴訟がなされているのか。この部分が筆者にとって最大の疑問だった。

ところで偶然、チェ・ボンテ(崔鳳泰)という弁護士のユーチューブを見て驚いた。この弁護士は徴用工訴訟問題を最初から担当してきている韓国の弁護士である。このユーチューブは「朝鮮半島の今を知る」という題のもので、2019年4月15日に日本記者クラブに招かれた崔鳳泰弁護士が日本の記者たちを前に講演をし、質疑応答に答えるという内容のものだ。ソウル大を卒業しさらに東京大学で労働法について学んだ弁護士である。つたない日本語ですが、通訳をいれると時間がかかるので直接日本語でやります、と前置きしての講演だった。

崔鳳泰弁護士が日本の記者たちを前に語った内容の中でいちばんのポイントは1965年の日韓基本条約では確かに完全かつ最終的に請求権は解決されたと書かれているが、日本の最高裁の判断は、「請求権は残されているから関係者は自ら救済せよ」という内容があるというもの。

ここ、ちょっと詳しくみると、西松建設に対する日本の最高裁の判決が2007年4月27日に出た。中味はサンフランシスコ講和条約で処理された戦後処理の意味がなにかということに対する法的判断なのだが、実態的な請求権は消滅していない。存在している。しかし裁判で訴える権能は(上記基本条約のため)なくなっているので、裁判上の救済はできない。だがしかし請求権は残されているから関係者は自ら救済せよ、ということが日本の最高裁の判断というものだ。

日韓条約もサンフランシスコ講和条約の枠組みの中にはいるものだから、当然韓国の被害者にも当てはまることになる。日韓条約で完全かつ最終的な解決ということを掲げているのだが、法的には請求権が残されているということになる。加害国(日本)の法廷がこういう判断を下しているのだから、被害国(韓国)の法廷でも勝てると崔鳳泰弁護士は思った。加害国の法廷がこう言ってるのだ、つまり、被害者が救済されていないから救済すべしと。加害国の法廷がそういっているのに、被害国の法廷で反対のこと(つまり請求しないこと)はできないし、してはならないのはあまりにも当然。

2009年、大韓弁護士協会の会長を通じて日弁連に要請したところ、日弁連の会長が快くOKしてくれて、2010年12月に東京で共同宣言が出された。日韓併合条約の歴史認識に対しては双方、今まで一致してはいない。日本の立場は合法。韓国の立場は違法。それはそれと認めたうえで、被害者問題は人権問題として十分解決可能だという観点から従軍慰安婦問題に対して解決策を打ち出したし、強制動員問題に対しても2007年の日本の最高裁の判断にしたがって同一方式で解決するのがいいという内容の共同宣言だった。

この共同宣言が出たあとは、その内容を韓国の大法院にもっていって、こういう宣言があるから、正確な法律的な判断をしてくれといった。韓国と日本の司法部の判断はちがう部分もあるが、ほとんどの部分は一致している。被害者が救済されていない。1965年の協定を結んだときも救済されていない。今もそう。しかも現在も救済する価値がある。

この2点のこと(被害者が救済されていない、救済する価値があるの2点)から「請求権が残されている」のだから自ら救済せよということになるわけだ。この「請求権が残されている」という判断は、韓国・日本両司法部で完全に一致している。ちがう部分は、日本では裁判を通じては救済できない。主権が消滅したから。日本の場合は自ら自発的に救済せよということ。韓国の大法院の判断は、日本の政府・企業が「日本の最高裁」の判断にしたがって被害者を救済していないから強制的に財産を押さえる。こういう判決をしたということ。この点がちがうのみ。

一般的な認識は、日本での裁判に負けて韓国では勝ったから今両国でこういうことになっているというものだが、実はそうじゃない。戦争の被害者が救済されていない、救済する価値があるから救済せよ、という部分が本質で、このことは日韓司法部でまったく同じなのだ。日本と韓国の司法部の判断が同一であることをテコにして、韓国の法廷での裁判が始まり、2013年に高等審で損害賠償を認める判決が出て、それが確定されたのが去年2018年の10月と11月の両判決であった。

長々と書いてきてしまったけれど、ここでの結論は、日本の最高裁の判断が「戦争被害者は自ら救済せよ。それは可能だ」といっていること。これを土台として崔鳳泰弁護士が韓国で活動をしている。崔鳳泰弁護士が韓国内だけの法律で動いているのではなくて、日本の最高裁の判断を土台として動いていることに注目していただきたい。徴用工問題は(慰安婦問題もそうだが)、これは政治・外交問題ではなくてあくまでも人権問題だという点。この人権問題という点を、日本の皆さんにもご理解いただきたい。

筆者は日本人であるので、ずっと長い間、最終的に解決したという条約があるのになんで韓国からこんな問題がまた掘り返されて出てきてしまうのか、と思ってきた。しかし崔鳳泰弁護士の真摯な講演を見て納得がいった。そうだったのか。韓国の大法院(最高裁に相当)がいってるんじゃなくて日本の最高裁が言っている内容を土台としてがんばっているのか。確かに政治問題じゃなくて、これは人権問題ではある。人権問題というのは、社会システムとか時代とかとはまた別の次元のことだ。人権が侵害されたらそれは必ず保障されるべきものだと筆者は思う。

今韓国では、日本の半導体輸出規制というカードが出された後、ものすごい反日の嵐が巻き起こっている。デモの先頭を切る人たちが、この部分(つまり、日本の最高裁の判断に基づいて徴用工裁判が起こされたという点)をわかってやっているのかはなはだ疑問ではあるけれど、日本が韓国にこういう嫌がらせをしてはならないと思うものだ。日本の武士道は、こんな干からびた、こうも姑息な精神ではないはずだ。争い・戦いというのも、日本人の基本的な精神世界とは似合わないものだ。和を以って尊しとなす、が日本の昔からの心情ではないのか。

■筆者プロフィール:木口 政樹

イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県・米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。元三星(サムスン)人力開発院日本語科教授、元白石大学校教授。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。著書に『おしょうしな韓国』、『アンニョンお隣さん』など。まぐまぐ大賞2016でコラム部門4位に選ばれた。

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