木口 政樹 2019年11月11日(月) 9時40分
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日本の皆さんは、日王という単語をご存知だろうか。もちろんご存知ないと思う。この日王という語は、韓国で使われている語である。写真は皇居。
日本の皆さんは、日王という単語をご存知だろうか。もちろんご存知ないと思う。この日王という語は、韓国で使われている語である。
誰を指す言葉?もちろん、日本の天皇を指す言葉である。「日王という言葉は正確に言えば”言論用語”」だと言っている教授もいる。(ソウル大学のパク・チョルヒ教授など)。ナム・サング北東アジア歴史財団韓日歴史問題研究所所長も、「世界で韓国だけが使う言葉だ」と述べている。米国も中国も台湾も東南アジアも使わない。タイは自国の王は「クサット(王)」と書き、天皇は「チャクラパット(皇帝)」と書く。
日王という言葉は、振り返ってみるとだいたい1989年前後に広がり始めたようだ。独島問題(独島=竹島のこと)、慰安婦問題、教科書問題が相次いで浮き彫りになった時期だった。新聞、テレビなどのマスコミで使用されるようになったわけだ。はじめは「天皇」という言葉と混用されていて、次第に「日王」が「天皇」を追い出した格好だ。
新天皇の即位式が10月22日に行なわれた。日本政府は韓国・米国・中国など195カ国の首脳を招待した。文在寅(ムン・ジェイン)大統領もその一人だ。かわりに李洛淵(イ・ナギョン)首相が参席することになったけれど。文大統領がその行事に出席したからといって「チンイルパ(親日派)野郎」と悪口雑言を言う韓国国民はない。文大統領は昨年4月、すでに天皇を「天皇」と呼び、即位を祝う手紙を送っている。常識的な韓国の国民はその手紙を問題視しなかった。過去の歴史とは別に、今や日韓は米国を介して手を組んだ間接的な同盟国だから。文大統領は、実権はないけれどいわゆる「君主」として存在する方に対し韓国民を代表して、国益のため、慣例に従ってその国(=日本)の呼称を使って礼を述べたわけだ。金大中(キム・デジュン)・盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領もそのようにした。文大統領が日王という言葉を使っていたなら、それだけでも外交惨事となっていたことだろう。幸い、文大統領も天皇という語をはっきりと使っている。
日本共産党は2004年まで君主制廃止を党綱領に明記していた。今も「情勢が熟した時に国民の意思によって存廃を解決しなければならない対象」と考えている。そんな彼らも、「天皇制は問題」とは言えど、「日王制は問題がある」とは言わない。漢字を見せない限り日本人は「にちおう(日王)」という言葉を聞き取れないだろう。
3~40年前までは韓国の人々も日本の王を普通に天皇と呼んでいた。その時代だからといって愛国心が不足していたわけではなかった。日本による植民統治を身をもって耐え忍んだ人はむしろ今よりもっと多く生きていた時代だ。日本の植民地の時期に天皇の馬車に爆弾を投げたイ・ボンチャン(李奉昌、1900~1932)義士も、韓国独立の求心的存在キム・グ(金九)先生に会った時、「独立運動をするのになんで天皇を殺さないのか?」と言ったわけで、「なんで日王を殺さないのか」とは言わなかった。
今も韓国人の大多数は日常の中で日王より天皇という言葉をたぶんよく使っている。左派であれ右派であれ専門家の大半も論文を書いて討論する時、「天皇」とは言うけれど、「日王」とは言わない。歴代韓国政府も、「天皇」という言葉を使ってきた。1998年、朴智元(パク・ジウォン)当時大統領府報道官が「相手国の呼称をそのまま言うのが慣例」と毅然と表明している。盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領は2003年、前の天皇と会って「天皇は歴史に造詣が深い方と理解している」と賞賛した。
ところでネイバーの質問欄を見ていたら、こんなのが出てきた。今日、学校で徳仁(なるひと)天皇のことを「なるひとチョンファン」って言ったら、先生にしこたま叱られました。なんで「チョンファン」って言っちゃいけないのでしょうか、という質問。ちなみにチョンファンというのは天皇を韓国語で発音した音である。だからこの生徒(たぶん中学1年生くらい)は、きちんとナルヒト天皇と言ったわけである。それに対して学校の先生がなんで「天皇」などと言うんだ、日王と言いなさいと叱ったわけである。
韓国政府の公式の見解は、日本の天皇のことは、「天皇」、韓国語では「チョンファン」と言うというものである。だからあの反日精神の強い文大統領でさえ、「天皇」と呼んでいるのである。ところが、韓国のマスコミをはじめとして、上の例のように学校などでも、天皇というのはいけない語という認識が広がっている。
今年6月8日付けの朝鮮日報で(朝鮮日報の記者は)以下のように言っている。日王という語は、韓国人が日本人と話をして使う言葉ではなく、韓国人同士で韓国語で韓国メディアに文章を書くとき「私はチンイルパ(親日派)ではない」と無言のうちに意思表示するための言葉といえよう。韓国人にとって「天皇」という語はつらい記憶を呼び起こす言葉である。話にもならない単語でもある。なぜか。それは、日本が天皇の名によって韓国を植民地化し強圧的に支配していったからである。だから天皇という語には、韓国の人にとっては一種独特のニュアンスが潜在しているのである。さらにまた、一国の君主が王様で、多くの王様を操る君主が皇帝(emperor)であり、天皇というものであろう。日本は20世紀初めの数十年を除いては帝国だったこともないのに、古代から自国の君主を天皇と呼んできた。(なんで小さな島国の長が天の皇なんかいな、というわけだ)。それでも真剣に考えてみるべき時が来たと思う。大統領は天皇を天皇と呼ぶが、マスコミは天皇を日王と書く。かなり変ではないか。こんなコラムが以前載っていたのだ。
記者は、韓国政府の公式見解が固有名詞として当事国で使われている「天皇」を使うべきというものなのだから、民間でも政府にならって「天皇」をもっと使っていくべきではないのかという意見なのである。
こういうのは、簡単な問題ではない。韓国でもこう言えとは言えない問題だ。韓国の人々にただ任せるしかない。もちろん日本人としては自国で天皇と言っているわけだから、韓国でも天皇って言ってほしいという希望は誰にでもあろう。しかしそれを強制することは誰にもできないと私は思う。自然に、韓国の人みんなが韓国政府の見解を受け入れていくかどうか。ただ見守るしかない。筆者の周りでも、天皇(チョンファン)と言う人と日王(イルワン)と言う人と、半々くらいである。今後の行方に注目したい。
■筆者プロフィール:木口 政樹
イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県・米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。元三星(サムスン)人力開発院日本語科教授、元白石大学校教授。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。著書に『おしょうしな韓国』、『アンニョンお隣さん』など。まぐまぐ大賞2016でコラム部門4位に選ばれた。 著書はこちら(amazon)Twitterはこちら※フォローの際はメッセージ付きでお願いいたします。
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