12年の時を経て栄光は「鉄のバラ」中国から「なでしこジャパン」へ―中国メディア

Record China    2011年7月18日(月) 14時38分

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18日、「なでしこジャパン」のサッカー女子W杯での優勝を受け、中国メディアは12年前の第3回大会で準優勝した「鉄のバラ」こと中国代表の活躍とその後の凋落ぶりを振り返った。写真は昨年11月、広州アジア大会準決勝で中国チームを下した「なでしこジャパン」。

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2011年7月18日、「なでしこジャパン」のサッカー女子ワールドカップ(W杯)での優勝を受け、中国のスポーツサイト・新浪体育は12年前の第3回大会で準優勝した「鉄のバラ」、中国代表の活躍とその後の凋落ぶりを振り返った。以下はその内容。

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12年の時を経て、サッカー米国女子代表はW杯の決勝戦で再び、アジアチームと対戦した。だが、今回の結果はその時とは違う。12年前、「鉄のバラ」と呼ばれる中国女子代表はPK戦の末に敗れたが、12年後の今年、「なでしこジャパン」はそのPK戦で米国を破ったのだ。

徹夜でテレビの前にかじりついていた中国のサッカーファンは自然と12年前の「鉄のバラ」に思いを馳せたに違いない。当時は準優勝に甘んじたとはいえ、彼女たちは中国サッカーファンの夢であり希望であり憧れでもあった。だが、栄光の日々はあまりにも短かった。

「鉄のバラ」を引き継ぐ若手が育たなかったのが大きな原因だ。あれほどの活躍を見せたにも関わらず、子どものサッカー人口が増えなかったのである。2010年には今大会の出場権を賭けた大事な試合で日本に完敗し、中国女子サッカーの衰退ぶりを決定づけた。

これに対し、「なでしこジャパン」は新旧が上手く入り混じったチームだといえよう。33歳の澤穂希はチームの絶対的なリーダーで、弱小時代から今に至る全過程をつぶさに見てきた存在。これに続くのが平均年齢27歳の大野忍、宮間あや、近賀ゆかりの中間世代。さらにその下には平均年齢24歳の熊谷紗希、鮫島彩、永里優季がいる。

国営新華社通信は「鉄のバラ」について、「特殊な時代の産物」だと表現した。当時、彼女たちの生活は貧しく、サッカー以外何もなかった。自らのすべてをサッカーに捧げ、祖国に貢献することを何よりの喜びとしていたのである。(翻訳・編集/NN)

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