激化するタイ・カンボジア軍事衝突=19世紀の英仏植民者が残した禍根―中国紙

Record China    2011年2月9日(水) 17時2分

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タイとカンボジアの軍事衝突が勃発、双方に多数の死者が出るなど被害は拡大を続けている。8日付の人民日報は、人民日報は衝突の要因を作ったのは19世紀の英仏植民者だとの記事を掲載した。写真はカンボジア。

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2011年2月、タイとカンボジアの軍事衝突が勃発、双方に多数の死者が出るなど被害は拡大を続けている。8日付の人民日報は、衝突の要因を作ったのは19世紀の英仏植民者だとの記事を掲載した。以下はその抄訳。

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今回の軍事衝突はタイ・カンボジア国境のヒンズー教寺院をめぐるもの。1962年に国際司法裁判所によりカンボジア領と認定されたものの、一部にまだ国境未確定地域が残っている。しかし、長年にわたり両国はこの問題で衝突することはなかった。しかし2008年、寺院の世界遺産登録申請を機に事態は一変した。タイのタクシン派がカンボジアを支持する姿勢を示したことに反タクシン派が反発。国内の政治闘争が外交にも転嫁された形となった。

人民日報は、タイ・カンボジア国境は19世紀に英仏の植民者が引いたラインだと指摘。東南アジアでの勢力争いが現在にいたるまで禍根を残していると批判した。(翻訳・編集/KT)

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