八牧浩行 2010年10月12日(火) 5時13分
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河合正弘・アジア開発銀行研究所長はインタビューに応じ、東アジア共同体について「アジア経済の全体の統合がますます深まっている」と指摘した上で、日本、中国、韓国とASEANで自由貿易・投資圏を創設すべきだと提案した。
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アジア太平洋地域の経済発展の促進を目的とした国際開発金融機関であるアジア開発銀行(世界67カ国加盟)の河合正弘・研究所長はインタビューに応じ、東アジア共同体について「実態ベースになるものが徐々に形作られてきており、アジア経済の全体の統合がますます深まっている」と指摘した上で、日本、中国、韓国とASEANで自由貿易・投資圏を創設すべきだと提案した。将来のアジア通貨制度に言及、アジアの国々の通貨が参加するバスケット型共通通貨制度が望ましいとの見解を明らかにした。
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また、日本と中国との関係に触れ、「日中関係が不安定なものになると、世界の成長センターである東アジアのダイナミックな経済発展が阻害されかねない。両国は東アジアの安定と発展に責任を負っているという共通の認識をもって大局的な観点から、領土問題を超えて協調しウィンウィンの関係を再構築していくべきだ」と語った。(聞き手・八牧浩行Record China社長)
―中国を中心としたアジアの新興国・地域が世界の経済成長センターになっている中、東アジア共同体の可能性と併せ、現状認識と将来についてこの地域研究の第一人者の河合正弘アジア開発銀行研究所長に伺います。
今、世界で経済成長が目覚ましいのは新興経済諸国、中でも中国、インド、ASEAN諸国です。高い成長を続け、経済規模が大きく拡大し、世界経済を引っ張っており、今後も重要な地域です。中産階層が急速に台頭しており、これからも耐久消費財の活発な需要拡大が見込まれます。冷蔵庫、エアコンなどの家電製品や、自動車、住宅などの市場がこれからもどんどん広がっていく。同時に日用品の消費など非耐久消費財やサービス関連の消費も増えていくことになります。こうしたことが積み上がって、アジアが自律的な経済圏になっていくわけです。
東アジア経済は、これまでは欧米の市場をターゲットに成長してきましたが、欧米経済の順調な経済回復がしばらく望めない現状で、今後は、自分たちの市場をターゲットに成長しなければならなくなっています。アジアの中できちんとした市場をつくっていくことが必要です。アジア域内の比較的小さな諸国は、特に中国やインドとさらに結びつきを強め、経済成長の恩恵に与ろうとしています。韓国もそうだし、日本の成長戦略もそういう方向に向かっている。
東アジア共同体についても、実態ベースになるものが徐々につくられてきています。アジア経済全体が市場ベースでますます融合しつつあるので、それに伴って制度的な支えとなる経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)が必要になってくる。日中韓の間のEPAないしFTAはまだできておらず、なるべく早くつくる必要があると思います。東アジアの中では、ASEAN=日本、ASEAN=韓国、ASEAN=中国、ASEAN=インドなどのいわゆるASEANプラス1というEPAないしFTAができていますが、できていないのが日中韓の間のEPAです。日中韓のEPAをつくり、それといくつかのASEANプラス1とを結び付けていくと、たとえばASEAN+3の間での広域的な自由貿易・投資圏をつくることができます。その結果、制度的な支えもでき、東アジア共同体の実態がだんだん整ってくるはずです。
―ASEANに日中韓が加わる「ASEAN+3」を提唱していますね。
ASEAN10カ国に日中韓の+3を加えたASEAN+3でまず広域的なEPAないしFTAをつくり、次いでインド、オーストラリア、ニュージーランドを加えたASEAN+6のEPAないしFTAにまとめていくことが普通の順番です。インドがどの程度速いスピードで自由化できるのか、日本と豪州がEPAを実現できるかなどがカギになります。
―米韓FTAも米議会での批准はまだで、11月の中間選挙の後、動き出すという見方もある。やはりEPAやFTAでは農業がネックとなりますか。
日本の場合の問題は、農業がネックになっています。韓国は、なるべく早く米国議会で米韓FTAを批准してもらいたいと考えている。ただ米国の民主党は中間選挙で負ける可能性が大きい。そうなるとオバマ大統領はリーダーシップを取りにくくなり、米韓FTAだけでなく世界貿易機関(WTO)のドーハラウンドをどうするかという大問題もある。リーダーシップが取れる状況だと、米韓FTAもスムーズにいくと思うが、これからどうなるか先が見えない。
―WTOは利害が錯綜して多国間取引がうまくいかない情勢になっているようですね。
ウルグアイラウンド交渉までは、米国と欧州が引っ張ってきた。日本もその中で譲歩し、享受してきた。
―努力しなくても享受できてきた。
そう。ところが、ドーハラウンドになると中国、インド、ブラジルなど有力な新興諸国が出てきて、彼らは先進国主導型の製品貿易やサービス貿易の自由化にそのまま賛成せず、合意が難しくなっている。中間選挙後のオバマ政権下では、気候変動問題についても、具体的なかたちで動けるかどうか読めなくなっている。米国が動かないと、中国やインドも何で自分たちが努力しなければならないのかということになり、事態の進展は望めそうにありません。
―強いリーダーシップがないとできない荒業ですね。
アジアの中では、ASEAN+3 にせよ+6にせよ、一つの市場にまとまっていこうという機運が生まれつつある。その点、近年のインドの自由化努力に期待できる。というのはインドが自由化を始めたのは他の東アジア諸国よりも遅かったため、関税率がそもそも高く、国内での制度や規制が貿易や直接投資のネックになっているところ、インド側はそうした問題に取り組みつつあるからです。日系に限らず、海外から企業が進出して自由な活動ができるよう、インド政府は国内の制度・規制をより開放的なものにしようとしている。インドはすでに韓国とFTAに合意し、日本ともEPA交渉で大筋合意に近づいており、ASEAN+3のEPA(ないしFTA)を経ないで、一挙にインドを含むASEAN+6のEPA(ないしFTA)つくりに向かうことも非現実的ではないかもしれない。
―それに関連して共通通貨問題を伺いたい。欧州の共通通貨ユーロがギリシャ危機で困難に直面したが、アジア共通通貨の実現性についてはいかがですか。
かなり長期的な問題と当面の問題とに分けて考えてみたい。まず長期的な観点から、将来のアジアの通貨制度がどのようになるのかを考える。米ゴールドマンサックスなどの予測によると、中国経済が2030年までには米国を追い抜く。2050年になれば、中国はまぎれもなく世界最大の超経済大国になる可能性が高い。そうなると、アジアは人民元圏になっているかもしれない。今の中国は、人民元を段階的に国際化すべく、各種の自由化措置をとりつつある。人民元の国際化が進むことは歓迎するとしても、アジアが人民元圏になるということは、日本や周辺諸国にとってどのような意味を持つことなのか考える必要があります。
中国の人民元が国際市場で交換可能な国際通貨になり、第三国の人々が自由に取引でき、海外の通貨当局が勝手に人民元を外貨準備として使うことができるようになるには、まだまだ時間がかかります。健全な市場経済制度ができ、国内金融システムが発展・深化し、かつ海外市場と一体化し、中央銀行が独立した金融政策を行えるようになり、厳格な法の支配が及ぶようになることが必要で、ハードルは高い。
―米国が担ってきた役割を地域的にせよ中国が担うようになりますか。
そうなるには、中国はマクロ経済の安定や国際流動性の提供という国際公共財をつくり出す必要がある上に、そもそもアジア地域をどのような考え方で引っ張っていくのかという「理念」が必要になります。米国は自由と民主主義という普遍的な理念を追求してきましたが、中国がどのような理念を提示したいのか見えてこない。そうなるにはまだまだ時間がかかりそうです。いずれにしても、日本、韓国、ASEANから見ると、いずれ人民元圏の中に取り込まれていく、対人民元ペックをとる、さらには人民元をみずからの通貨にするという方向が本当にいいのか考えるべきです。
人民元は今直ぐには基軸通貨にはなれないので、日本、韓国、ASEANにとって、これからのアジアの望ましい国際通貨制度について考える時間がある。私としては、一国通貨を中心とした通貨制度ではなく、欧州が作って来たように、アジアの諸通貨のバスケットを基準に新たな制度を構築していったほうがよいのではないかと思う。日本、韓国、ASEAN諸国が発言権を持てる通貨制度、そうした多国間的な枠組みをつくっていくことがいい。実は中国にとってもそのやり方がいいのではないか。中国はこれまで、高い経済成長を遂げて経済規模を拡大するにつれ、周辺諸国に十分大きな経済的な脅威感を与えてきたからです。
―中国を脅威に思っている国は多いですね
通貨の面でも、アジアに人民元圏をつくるという形で周辺諸国に脅威を与えていくことが中国にとって本当にいいこととは思われません。安全保障の問題もそうですが、一国主義でなくて多国間の枠組みをアジアの中で作り、その中でアジアの将来の通貨制度について考えていくほうがいいと。その方が周辺諸国に与えていく脅威感が大分違ってくるはずです。
―ASEANも中国に対して複雑な思いを抱いている。懸念を薄めてやることが必要でしょうね。
そうです。具体的には、人民元や円やウォンやバーツなどを含んだ通貨バスケット、これを私はアジア通貨単位(ACU)と呼んでいますが、そうしたものをつくっていくことが理にかなっていると思う。現在のところアジアの中で一番進んでいる国際通貨は円ですが、もはや円だけではアジアの通貨問題は引っ張っていけなくなっている。その意味で、人民元に早く国際通貨になってもらって、円と人民元が協調してアジアの通貨制度のあり方を考えていくべきです。
欧州では、欧州通貨単位をつくった(そしてそれがユーロにつながった)が、域内では中央銀行間の競争が起こり、結果的にドイツのブンデスバンクとドイツマルクが中心的な役割を果たすことになった。同様に、アジア域内でも、多国間的な協調制度を作った上で、中央銀行間の競争によってアジアで中心となる通貨が選択されるプロセスをつくるべきだろう。そのことによって、人民元をはじめ、多くのアジア通貨が質の高い国際通貨になっていく。これはアジアにとっていいことです。
―成長している地域の通貨価値が上がるのは歴史の趨勢でしょうね。
アジアの中では、通貨全体が米ドルに対して切り上がる方向にあります。そこで当面の問題として、為替レートの協調がこれからの課題になります。つまり、欧米経済の景気回復に不透明感が増している中、欧米の中央銀行は流動性供給を拡大しています。しかも、新興アジア経済が順調に成長し金融引き締めに向かっていることから、アジアへの資本流入が起きている。そこで、通貨切り上げを拒否していると、国内の様々な歪みが、資産バブルとかインフレの形で出てきます。
―バブル形成とその急激な崩壊で痛い目に遭った日本の過去の轍を踏まないようにすることですね。アジア開銀研究所も調査研究や提言などしていると思いますが。
アジアがバブルなどを起こさないで安定的に成長していくためには、お互いの間の為替レートが極端に変動しないこと、アジア通貨が一緒になって切り上がっていくことが大切です。通貨切り上げの市場圧力に対して、一国だけで対応することは難しくなっています。というのは、自国通貨だけを切り上げると他のアジア諸国と比べて国際価格競争力が落ち、不利になるからです。したがって合理的な対応策は、アジア諸国が一体になって通貨切り上げを許すことです。
円ウォンレートは2007年から大きく変動してきました。2007年央には1円=7.6ウォンぐらいの円安・ウォン高だったのが、2009年初には1円=15.6ウォン程度の円高・ウォン安になった。経済的な相互関係が高まっている日韓の間で、為替レートがこれほど短期間内に大幅に変動するのはよくないわけです。急激かつ大幅な為替変動は避ける方がよい。同時に、アジア地域は大幅な経常収支黒字をつくっているので、米ドルなど域外通貨に対する為替レート調整には止むを得ない面がある。しかも大量の資本がアジアに入ってくる状況になっているので、こうした状況をなんとか一緒になって乗り切っていく態勢つくりが必要です。為替レートを協調的に管理していくためには、たとえばACU指標をつくって、各国の為替レートがACUから大幅に乖離することを防ぐやり方が有効でしょう。(続く)
●「<インタビュー>中国が直面する壁はバブル、格差、環境―河合正弘・アジア開発銀行研究所長(2/3)」に続く。
■筆者プロフィール:八牧浩行
1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。
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