Record China 2009年6月26日(金) 18時20分
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25日(現地時間)、歌手のマイケル・ジャクソンさんが急逝したとの報道を受け、在カナダの中国人学者が「マイケルはかつて中国人に世界の窓を開いた」とするコラムを発表。彼のキャリアと中国の改革開放史を重ね合わせた。写真は02年7月、ニューヨークで。
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2009年6月26日、歌手のマイケル・ジャクソンさん(50)が25日(現地時間)、米ロサンゼルスで急逝したとの報道を受け、在カナダの中国人学者・李牧(リー・ムー)氏が「マイケルはかつて中国人に世界の窓を開いた」と題するコラムを発表した。以下は記事の抜粋。中国江西ネットの報道。
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この訃報を受け、周囲の知人らは一様に「なぜこんなことに?」と驚きを隠さない。ただ、死因や彼の年齢に疑問は持っても、「彼は誰か?」などと尋ねる人はいない。
しかし、わたしの12歳になる息子となると話は別だ。彼はマイケル・ジャクソンと聞いてNBAの選手かなにかと思いこんでいたようである。
だが、「すべての中国人が彼を知っている」という事実に変わりはない。確かに、彼らの中には「彼の歌をまったく聞いたことがない」という人もたくさんいる。しかしそれでも、中国人にとってのマイケルはひとつの「文化的アイコン」なのである。つまり、中国人に対して“世界を見渡す窓”を開いてくれた、そんな存在なのだ。これは、エルビス・プレスリーも、マドンナも、ビートルズも成しえなかったことである。
マイケルが活躍しはじめた80年代初頭から30年間の歴史は、中国が改革開放路線を歩んだ年代と偶然にも合致する。過去30年間の中国における社会現象のすべては、彼の人物像に重ね合わせることができるのだ。中国人男性がベルボトムや長髪にあこがれを抱き始めたとき、彼は世にも奇抜な衣装や髪形で中国人ファンを魅了した。中国人が「ロックは反逆の象徴」と認識しはじめたとき、彼はステージの上を縦横無尽に駆け巡り、自由を謳歌する姿を中国人ファンに見せつけた。
そして、さまざまなメディア情報にさらされた現在の中国人が、「ゴシップとは不可欠、かつさほど重要ではないもの」と認識したとき、彼は「急逝」のニュースをもって人生最後のヘッドラインを飾った。
今のこの時代、我々のような海外在住の中国人が郷里の同胞にこのニュースをわざわざ知らせてあげる必要はなくなった。我々は彼らに対して、「外の世界はこんなにすばらしいのだ!」とうそぶく必要もない。中国も含めた世界は“ひとつの大きな村”としてつながっている。
こうして、 中国人にとってかつて「世界への窓」であったマイケル・ジャクソンは、徐々に視界の外へ消えていった。我が息子が彼を知らないのも、当然と言えば当然なのである。(翻訳・編集/愛玉)
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