世界を旅した日本人が武漢で腰を据える、きっかけは「カレー」―中国メディア

人民網日本語版    2017年11月11日(土) 18時30分

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6日、湖北省武漢市の街道口阜華ビル3階にあるカレー屋で、島田孝治さんが中国人学生に日本語を教えていた。

6日午後7時30分、湖北省武漢市の街道口阜華ビル3階にあるカレー屋で、島田孝治さん(70)が中国人学生に日本語を教えていた。(文:姚伝龍。長江日報掲載)

2010年5月から、島田さんはこのカレー屋を経営し、今年で7年目になる。ここ7年、ビザ更新などのために日本に帰っている時以外は、カレー屋で働いているか、若者に日本語を教えているかして過ごしている。

島田さんは35歳の時、米国やイタリア、スイスデンマークスウェーデンなど、世界各地に足を運んでいたため、今のような生活は受け入れられず、「生きている間にいろんな文化のおもしろさを体験しなければ」と感じていたという。

しかし、今は武漢で充実した楽しい毎日を送り、「ここは故郷のようで、ここでの生活が好き」と島田さん。

留学生との縁で中国へ

1947年に福岡で生まれた島田さんは大学卒業後、普通の若者と違い、結婚して子供を作ったりせず、自由な時間のほとんどを読書や旅行に費やした。

そして、旅行を通して、いろんな文化に触れることが一層楽しくなった。日本の島田さんの家の周りには中国人留学生が住んでおり、それらの若者と知り合い、地元のおいしい物を食べさせてあげたり、アルバイト探しを手伝ったり、生活上のサポートをしたりするようになった。「若者から活力をもらい、留学生との交流を通して、中国のことをもっと深く知りたいと思うようになった」。

09年に退職した島田さんはもともと家で読書をしたりして、のんびり生活する予定だったが、武漢出身の留学生から「武漢は『大学の都市』で、在学中の大学生の数は世界で指折り」と教えてもらい、さらに、「武漢に戻って日本式のカレー屋を開くつもりで、手伝ってほしい」と言われたという。そして、仲良くしていたその留学生に心を動かされ、10年5月に武漢を訪れた。

留学生と一緒にカレー屋は実現せずも武漢に残る

いろんな所へ行ったことのある島田さんだが、腰を据えるのに選んだのは武漢だった。

「武漢は福岡と季節や気温が似ており、緑もたくさんあり、空気がきれい。武漢には若者がたくさんおり、人と人との関係も温かい」と島田さん。結局、その留学生とはカレー屋を出す場所や内装などをめぐって意見が合わず、一緒に店を経営することはなかったものの、武漢に残ってカレー屋をオープンさせ、経営を続けてきた。

カレー屋の周辺には武漢大学などの大学がたくさんある。若者と交流できる場所として島田さんが選んだ場所だ。「店に食事に来た大学生から、日本語を教えてほしいと頼まれることも多く、僕にとっては交流の良い機会となっている。僕のことを信頼してくれている学生には感謝している」と島田さん。

若者から感動をもらい武漢で暮らし続ける

ここ7年、島田さんはたくさんの若者を助け、若者も島田さんにたくさんの「感動」を与えてきた。これも、島田さんが武漢に残って生活している理由の一つだ。17年9月、以前カレー屋に来たときに島田さんから日本語を教えてもらった高校生の閔さんは、他の地域に引っ越すことになり、わざわざ店に来て、島田さんが店の前で客を迎えている場面を描いた絵をプレゼントしてくれたという。その絵は現在、家の壁に飾っている。

別の時には、ある男子学生が島田さんに日本語に関する質問をし、お礼にカレー屋のメニューに載せる写真の撮影を買って出てくれたという。また、ある女子学生は、簡単な日本語の会話を教えてもらうと、カレー屋の仕事を約1カ月間無償で手伝ってくれたという。島田さんは、「自分はとても意義のあることをしていると感じる」と誇らしげに語った。

今後について、島田さんは「武漢でずっと暮らしたい。そして、最後は、がんばって仕事をし、世話してくれている従業員らに財産を分け与えて、自分を中国で埋葬してもらいたい。そうすれば、僕も中国の一部になれる」と話した。(提供/人民網日本語版・編集/KN)

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