小林 晶子 2017年7月22日(土) 6時0分
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以前シンガポールのお客様19名をお連れして九州6県をガイド添乗したことがある。写真は長崎の平和公園。
以前シンガポールのお客様19名をお連れして九州6県をガイド添乗したことがある。1日平均4行程、多い時は5行程というハードスケジュールの中、お客様はだんだん私に親近感を抱いてくれ、楽しい事も多々あった。しかし1つ、今まで経験したことがない衝撃的な出来事があったのでここに記しておこうと思う。
●中国人に反感
2、3のお客から中国人に対する悪口を聞かされた。いわく、「中国に行ったら物を取られた」「中国の博物館に行っても展示されているのは偽物ばかり。本物は外国に売り払われている」「中国人は声が大きく、うるさい」「日中戦争のことでなぜあれ程日本に謝罪を要求するのか?すでに謝罪しているのだから、もうそれで良いではないか」などなど。
●親日と思いきや、あるお客から「原爆発言」が…
上記の反中発言を聞いて、その延長線には親日発言が来るかと思っていたが、その考えは甘かった。
長崎の平和公園での出来事。原爆記念像での写真撮影を終えた後、本当はそのままバスに戻るはずだった。なぜなら、その日は5つも行程をこなした上、長崎から福岡に移動せねばならず、時間が押していたからだ。ところが、私がうっかりと平和公園の隣に爆心地があると口を滑らすと、爆心地に行きたいという声が上がった。私は慌てて「爆心地までは片道、徒歩で10分かかるので、往復20分ロスすることになる」と言ったが、行きたい人はどうしても行きたいらしい。自分の不用意な発言を恨みつつ、しぶしぶ連れて行くことになった。
爆心地では、2、3人のお客が爆心地記念石碑に向かって、ちょうど道教のお寺に行ったかの様に深々と頭を下げ、お参りをしてくれていた。その光景を見た私は、時間がない中、ここに連れてきた甲斐があったと胸が熱くなった。
ところが、別の女性客が私に聞いてきた「どうして日本に原爆が落とされたか知っていますか?」私は答えた「それは、アメリカが、当時開発中であった原爆の威力を試すために落としたのです」。するとその人は「そうではありません。日本軍がアジアの国々を侵略したので、アメリカが日本を成敗するために原爆を落としたのです」。それを聞いた私はあ然として二の句が継げなかった。するともう1人の女性客も追い打ちをかけるように言った「世界中の歴史の教科書はみんなそう書いてあります。日本人だけがその事を知らないのです」。
●原爆が落とされた理由を解説する
私は悔しくてならなかった。彼女らの言い分だと「日本=悪、アメリカ=正義」という構図になる。もちろん当時の日本の政治家は日本を誤った道に導いたし、その結果、近隣諸国を侵略したことは確かだ。だが、アメリカが全く私利私欲なく、アジアの国のためだけに原爆を落としたなんて考えは一面的すぎる。でも、私はガイドで相手はお客だ。ここでお客とケンカすることはタブーである。私は悩んだ。
すると、別の男性客が彼女らに、その考え方はおかしいと言っている声が聞こえた。いわく、「もしアメリカが日本に懲罰を与えるのなら東京に落とすべきではないか」と。それを耳にした私は急に勇気が湧いてきた。そうだ!その線で行こう!
そして、皆がバスに戻った際、私はマイクを握った。「先ほどは爆心地の石碑に向かってお参りをして頂き、有難うございました。日本人として本当に感謝しております。ところで、あるお客様から『アメリカが日本に原爆を落としたのは、アジアを侵略する日本に罰を与えるためだ』とのご意見を伺いました。確かにそういう考え方もあります。でも、私は『アメリカは自国が開発していた原爆の威力を知るために日本に原爆を落とした』と言いました。それも事実です。なぜなら、もし、本当に日本政府に罰を与えたいのなら、日本の首都である東京や大商業都市である大阪に原爆を落とすべきです。それをわざわざ地方都市である広島・長崎に落としたのです。その理由は、東京や大阪は当時すでに空襲で建物は徹底的に破壊され、人も疎開して居なかったからです。そんな何もない土地に原爆を落としても、原爆にどれ程の破壊力があるか分かりません。それに対し、広島・長崎はまだ建物や人が残っていましたから、そこに原爆を落とせば、どれ位の破壊力があるか容易に判断できたのです」そして皆の反応を伺うと、さっき日本の立場を弁護してくれていた男性客はもちろん、他の人達も一応納得した顔をしていた。私はホッとして、ひとまずその話は打ちきり、次の行程の話に移った。
●「シンガポール華人虐殺」事件
結果良ければすべて良し、かもしれないが、私はこの件について、今でも心に傷を負っている。そうか、シンガポール人の中には日本の事をよく思っていない人もいるのだと。特に「アメリカが日本を成敗」と発言した女性は、もともと私に色々要求を出してくる人で、私は極力彼女の意向に沿うよう尽力してきた。だからてっきり彼女は私に好意を持っていると思いこんでいた。なのでショックはさらに激しかった。
このツアーの前、シンガポールについて勉強していると、「シンガポール華人虐殺」という言葉を見つけた。それは、1942年、日本占領下のシンガポールで華人男性を日本軍が大量虐殺した事件だそうである。その数は、日本側の資料では5000人、シンガポール側からは10万人という。まるで南京大虐殺みたいな話。ううん、シンガポールに対して日本軍は随分悪い事をしてきたなと感じたが、今回の事で、この話を頭に入れておいて良かったと思った。もし、知らなかったら、さっきの原爆発言の女性に食ってかかっていたかもしれない。そうなれば、彼女のみならず、他のお客からも大いに顰蹙(ひんしゅく)をかっていただろう。
●中国・台湾・香港のお客様は有り難い
それと同時に、シンガポールのお客は初めてだったが、初めてにも関わらず、こんな発言が出た事にショックを受けた。私は今まで中国・台湾・香港・マレーシア華人を案内したが、こんなことは一度もなく、特に台湾人、中国人の態度は親日的。もちろん、このツアーのシンガポールのお客も概ね悪くなく、最後は本物の友達の様になって別れを惜しんだ。だが、今回の経験から、やはり中国・台湾のお客をより一層大切にするべきだと感じた。
■著者プロフィール:小林晶子
外国語大学で中国語を専攻。結婚後、夫の転勤で台湾へ。その地で出産を経験。その時受けたカルチャーショックが原動力となり執筆を開始。その後、中国大連へ転勤。合計7年過ごす。3年前よりガイド資格を取り、日本を訪れる中国人・香港人・台湾人・華僑のガイドとなる。
■筆者プロフィール:小林 晶子
外国語大学で中国語を専攻。結婚後、夫の転勤で台湾へ。その地で出産を経験。その時受けたカルチャーショックが原動力となり執筆を開始。その後、中国大連へ転勤。合計7年過ごす。3年前よりガイド資格を取り、日本を訪れる中国人・香港人・台湾人・華僑のガイドとなる。著書に「華ちゃんママの台湾・中国生活日記」「趙先生の気功ワールド」「中国語の宝石箱」「三国志のことがマンガで3時間でわかる本」など。
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