<コラム>「なぜ?」日本企業からの内定を取り消された中国人の女の子、両国で異なる就職観

浦上 早苗    2017年4月8日(土) 20時10分

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新年度がスタートした。春休み、飛行機で成田空港に降りた息子が、開口一番「中国人ばっかり」と叫んだ。清明節の連休と重なり旅行者も多かったが、大半は留学ビザや就業ビザを取って、日本でキャリア開拓を目指す中国人だった。

新年度がスタートした。春休み、飛行機で成田空港に降りた息子が、開口一番「中国人ばっかり!」と叫んだ。清明節の連休と重なり旅行者も多かったが、大半は留学ビザや就業ビザを取って、日本でキャリア開拓を目指す中国人だった。

昨年、中国の大学を卒業したモンゴル族中国人のマリも、今頃は日本にいるはずだった。だが、3月中旬、日本での就職は土壇場で「白紙」となった。内モンゴル出身の彼女は、小学生のころから日本のアニメにはまり、高校で平仮名を独学し、大連にある大学の日本語学科に進学した。「マリ」というニックネームは、任天堂のゲーム「スーパーマリオ」のキャラクターが由来だ。

彼女は一昨年、交換留学生として1年間日本に留学した。就職活動も試みたが、日本の就活システムの理解に時間がかかり、内定が取れないままビザの期限を迎え帰国した。とはいえ、マリは中国全土の日本語スピーチ大会で入賞したこともあるほど日本語堪能で、学生時代は日本人駐在員との交流も多かった。豊かな自然環境で育ったモンゴル族だからか、おっとりとしていて、日本人にとっても付き合いやすい。インバウンドの盛り上がりで人材不足に陥っている日本のホテルや旅館に外国人従業員を紹介する人材エージェントが彼女に目を付け、中国への帰国後もインターネットで日本企業と面接ができるよう取り計らった。

そうしてマリは今年初め、ある地方の日本旅館の面接に臨んだ。数日後、彼女から「内定をもらえました。4月に日本にまた行けます」と報告が入ったときは、彼女の実力と人柄ならと驚かなかったが、次の言葉に不安がよぎった。

「(学生時代のクラスメートの)王さんも一緒に面接を受けて、合格しました。一緒に行きます」

「え?王さんって?」

「北京で就職したのですが、会社辞めたいからって。だから誘いました」

「そう……」

王さんは日本アニメが好きだったような気もするが、成績は目立たず、日本人との接触も少なかった気がする。大丈夫かな……。

嫌な予感は的中した。先月中旬、マリから「内定は取り消されました」と連絡が入ったのだ。彼女の説明はこんな感じだった。

「王さんは、ビザのこととか住む場所とか、色々な希望を旅館に言って、旅館の人も聞いてくれました。けれど一昨日、やっぱり気が変わったから、日本に行かないと断りました。それで旅館の人はすごく怒って、私のことも信用できないって……」

日本の新卒採用は、基本的には10月に内定式を行いそこで入社を承諾したら、翌4月の入社はよほどのことがない限り保証される。内定式後の内定辞退も、内定取り消しも、重大な信義違反だ。

中国社会はそんな長いスパンで物事を考えない。大学生たちは4年生になって学校の授業が減ると、インターンを探して働き、双方が合意すればそのまま就職する。日本のように一斉に就職活動が始まるわけでもなく(そもそも企業が足並みをそろえない)、インターン先で就職しない人は、卒業前後にぱらぱらと仕事探しを始める。大企業と中小企業でも初任給に大きな差がない日本と違い、中国では新卒でも給料に2倍、3倍の開きがあるから、条件を落としていけば、職にありつくことはできる。

そもそも、中国の大学生は新卒で入社した会社に長く勤めるという意識もないから、日本人学生ほど企業研究も熱心にしないし、「合わなければ辞めればいいや」と考えている。実際、卒業後1年したら半分は離職しているし、会社が倒産して放り出されることも珍しくない。中国は、転職によってポジションと収入を上げていく。収入が増えている限り、仕事を辞めたり、職を転々とすることは、マイナスにはならない。要するに、中国では、新卒の人材採用にかけるコストが非常に低い。

王さんは、とりあえず日本に行ってみたいと思っていたところに、マリが持ってきた。日本に行けるならと話に乗り、内定を得たが、直前になり翻意した。親や彼氏が反対したのか、もっといい仕事が見つかったのか、理由はともかく、中国ならよくある話だ。彼女は、日本の企業が人を一人採用するのにどれだけコストと手間をかけているのか、想像もできないだろう。

「旅館はあなたと王さんを紹介してもらうために、エージェントに数十万円払ってると思うよ。小さな会社がビザ申請の手続きをするのも大変なのよ。そりゃ怒って当然よ」と言うと、マリは「そうですか……。迷惑かけましたね」と応じたが、まだ納得がいかない風だった。

「王さんに対して怒るのは分かるけど、なぜ私の就職まで取り消しになりますか。これは王さんの問題で、私は関係ありません」

そういえば、中国の大学の授業で、江戸時代の「五人組」を説明すると、学生たちは驚いてたなと思い出しながら、マリに説明した。

「日本では、集団の一人が問題を起こすと集団全体が責任を取らされる風潮があるの。運動部に所属する高校3年生が喫煙して見つかると、1年生も2年生も試合に出られなくなるのはその典型だよ。同じように、誰かを推薦した場合、その人が問題を起こしたら、推薦者の評価も下がってしまう。だから日本人は人を紹介したり、推薦することにとても慎重だし、そうやって、全体の質を担保しているのかもね」

「そうですか。日本について、私はまだ知らないことがたくさんありますね」

マリは、自分の就職を犠牲にして、日本的な考え方を学んだのかもしれない。彼女の地元、内モンゴルに日本語を使う仕事はほとんどないから、今後もエージェント経由で日本の仕事を探しつつ、中国の大都市に出ることも考えるという。

今回の一件が、彼女の未来を狭める傷になることなく、今後のキャリアに生かせる教訓になってほしいと心から願っている。

■筆者プロフィール:浦上早苗

大卒後、地方新聞社に12年半勤務。国費留学生として中国・大連に留学し、少数民族中心の大学で日本語講師に。並行して、中国語、英語のメディア・ニュース翻訳に従事。日本人役としての映画出演やマナー講師の経験も持つ。

■筆者プロフィール:浦上 早苗

1974年生まれ、福岡市出身。早稲田大学政治経済学部卒業、九州大学大学院経済学府修了。大卒後、地方新聞社に12年半勤務。その後息子を連れ、国費留学生として大連に博士課程留学…するも、修了の見通しが立たず、少数民族中心の大学で日本語講師に。並行して、中国語、英語のニュース翻訳に従事。頼まれて映画に日本人役として出たり、マナー講師をしてみたり、中国人社会の中で、「日本人ならできるだろ」という無茶な依頼に、怒ったりあきれたりしながら付き合っています。マスコミ業界の片隅に身を置いている経験から、日米中のマスから見た中国社会と、私の小さな目から見たそれの違いを少しでもお伝えできれば幸いです。

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