八牧浩行 2017年1月31日(火) 7時50分
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「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領の登場により、アベノミクスは逆風に見舞われ前途は多難だ。写真は日銀。 写真は日銀。
第2次安倍政権は、4年前に誕生して以来、経済政策・アベノミクスを掲げ、デフレ脱却に向けた大胆な金融緩和と円安誘導、機動的な財政政策、民間需要を喚起する成長戦略の「3本の矢」で経済の好循環の実現を目指した。第2の矢(財政政策)を第1の矢(金融緩和)で支え、日銀に財政資金を用立てさせる、事実上の“財政ファイナンス”の構図だが、限界に近づいている。さらに頼みの円安誘導策もドル高を牽制するトランプ大統領の登場により、逆風に見舞われ、前途は多難だ。
◆際立つ日本経済の低迷ぶり
アベノミクスが志向した「富める者が富めば貧困層にも恩恵が及ぶ」という「トリクルダウン」は起きなかった。非正規や中小企業の労働者の賃金が思うように上がらず、貧富の格差は広がるばかり。しかも実質GDP(国内総生産)は、14年度が0.9%のマイナス、15年度は0.8%増と横ばい圏に低迷、政府目標の実質2%成長の達成は絶望的だ。
経済協力開発機構(OECD)の経済見通しによると、日本の2016年の実質成長率は0.7%増と、前回の昨年11月の見通しから0・3ポイント引き下げられた。17年の成長率見通しは0・4%増と、同0・1ポイントの下方修正。世界経済全体の16年の見通しが3・0%増、17年は3・3%増と堅調だけに日本の低迷ぶりが際立つ。
政府系の審議会トップからもアベノミクスに懐疑的な意見が出始めた。麻生太郎財務相の諮問機関である財政制度審議会の吉川洋会長(東大名誉教授)は「日本には非正規雇用の増加や所得格差の拡大、将来の社会保障への不安といったさまざまな課題があり、これらを解決せずに経済の好転はない」と指摘した上で、「アベノミクスは失敗した」と断じた。
黒田春彦日銀総裁は異次元金融緩和により、「2年以内に消費者物価指数で2%のインフレ目標を達成する」と約束したが、4年以上経っても、この目標時期は何度も先送りされ遠のくばかり。消費者物価は昨年10カ月連続のマイナスに沈んでいる。このままではデフレ脱却は到底困難だ。
一方、日本政府の債務残高は1200兆円を超え、名目GDP比の2.5倍に迫り増加の一途。この水準はギリシャを上回り、先進国で最悪だ。安倍政権は「2020年度の国と地方の基礎的財政収支(プライマリー・バランス)」の黒字化を目指す財政健全化目標を掲げているが、達成は絶望視されている。内閣府が1月25日に発表した「中長期の経済財政に関する試算」によると、「2020年度の国と地方の基礎的財政収支(プライマリー・バランス)」の赤字額は8兆3000億円、対GDP比で1.4%に達する。赤字幅は、昨年7月時点の試算値5兆5000億円より、3兆円近く拡大。円高による企業収益の低迷で税収の見積もりが悪化した。
このままでは際限ない異次元緩和と事実上の“財政ファイナンス”の悪循環が繰り返されるのは必至である。「財政ファイナンス」とは「中央銀行による国債引き受け」のこと。放漫財政と財政破綻や高インフレを招来し、国民に甚大な負担を負わせる結末を引き起こすため、現在ではほとんどの国が禁じている。 国債はいったん市中銀行が購入するが日銀が買い上げるため、事実上、財政ファイナンスと同じである。
アベノミクスの中核となっている日銀金融政策について、歴代の日銀幹部は厳しく批判している。日銀副総裁を務めた山口泰氏は「2%のインフレ目標達成は困難であり、異次元金融緩和、マイナス金利などの副作用が非常に大きい」と指摘。黒田東彦日銀総裁が推進している(1)国債発行額の全量80兆円の引き受け(2)ETF(株式投資信託)を通じた株式6兆円購入―など中央銀行としては前例のない政策により、市場機能が働いていないと指摘。「成長戦略により生産性を上げなければならないのに、金融政策に過度にしわ寄せされている」と問題提起している。
◆“禁じ手”日銀の株購入、多くの企業で筆頭株主に
ETF(株式投資信託)により巨大な投資家となった日銀は、多くの企業で筆頭株主になっている。中央銀行の株式購入は異例。日銀に加え年金基金も株式を大量に購入し、市場が管理相場になっているのは異常な事態といえる。
須田美也子元日銀審議委員は、異次元緩和が行き詰まったのは「想定通り」と分析する。数年前から、日本の金融政策はすでに十分緩和状態にあり、どれほど大規模な追加策を投じても限界は見えていたという。須田氏によると、企業業績が一時的に改善したのは金利効果ではなく、「近隣窮乏策」とも言える「円安」効果によるもの。国内投資や賃金上昇にはつながりにくく、外需・投資効果も顕在化しなかった。マイナス金利導入で金融緩和の副作用が顕在化し、保険・年金の運用利回りの低下などがマインド面を通じて経済活動に悪影響を与えた、と見る。
さらに副作用が顕在化している異次元緩和からの“出口戦略”を日銀が探り始めているとの観測も浮上。日銀のちょっとした反応もリスク要因となる。「日銀が追加緩和の縮小を検討し始めた」と市場に受け止められれば、一段の円高が進むシナリオもあり得る。現に日銀が25日、国債買い入れオペ(公開市場操作)で、市場が過去のパターンから予想していた国債購入の一部を見送ったため、市場では「緩和縮小への布石か」と動揺が広がり国債利回り上昇と円高につながった。
トランプ大統領の保護主義的な動きも要注意。世界経済にとってマイナスと市場で受け止められつつある。環太平洋連携協定(TPP)からの米離脱も成長戦略の一環と期待されていただけに、アベノミクスには大きな痛手となる。
積極的な米経済対策への期待からで昨年11月以降円安・ドル高や株高をもたらした“トランプラリー”の収縮も予想される。トランプ氏が日米の自動車貿易を「不公平」と名指しして貿易赤字の是正を主張。同氏が2国間の通商協議の対象に為替を含める考えを表明していることも不気味である。(八牧浩行)
■筆者プロフィール:八牧浩行
1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。
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