日本の教育は中国の教育とどこが違うのか?「知っていて行わないのは、知らないことと同じ」―中国紙

Record China    2015年1月8日(木) 7時9分

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4日、日中商報は、「日本の教育はわれわれの教育とどこが違うのか?」と題する記事を掲載した。写真は日本の小学生。

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2015年1月4日、日中商報は、「日本の教育はわれわれの教育とどこが違うのか?」と題する記事を掲載した。

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日本で生活するある家族に「日本の教育と国内の教育の何が違うのか」と尋ねてみた。彼らによると、日本人は幼児教育を重視している。女性は子どもを産むと仕事を辞め、子どもが3歳になるまで子育てに専念する。子どもに問題が起きると、大きくなってからではそれを直すのが難しいからだ。日本人は、男性が仕事に精を出し、女性は子どもが3歳になってから働きに出る、という形が次の世代の教育のために良いと考えている。

日本の幼稚園は非常に清潔だ。子どもは屋外と屋内で靴を履き換える。屋外の砂ぼこりを室内に持ち込まないためだ。日本の学校は制服も重要視している。制服はとてもきれいで、デザインもさまざまである。彼らになぜ制服を重視するのかと聞くと、驚きの答えが返ってきた。「制服を着るということは、自分自身の身分や所属を忘れることのないようにという意味がある。制服を着て悪さをすると、みんな不安に駆られる」というのだ。

私は東京のある中学校を見学した。日本の中学校では料理や裁縫、空手などさまざまな授業があり、放課後にはそれぞれの興味に合わせたクラブ活動がある。学校では特に、武道を重視しており、授業を通じて品格やあきらめない精神を学ぶのだという。私は中国でも武術を授業に取り入れるべきだと思う。私は子どものころ、力によって世界を変えたいと願っていた。しかし、後にそれがかなわないと知った。

中国人は現実味のない大きな目標を掲げたがる。空に向けて矢を射れば必ず当たると思っているかのように。しかし、それは何の意味もない。道理を語るのは簡単だが、その裏にある真理を理解し実行できる人こそ偉大なのだ。私は中国明代の儒学者・王陽明の「知っていることと行うことは同じこと。知っていて行わないのは、知らないことと同じである」という考え方が好きだ。私たちは多くの道理を知っているようだが、理解はしていない。なぜなら行っていないのだから。(翻訳・編集/TK)

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