トランプ「相互関税」は世界不況を招く暴挙=「歴史は繰り返さないが韻を踏む」―赤阪清隆・元国連事務次長

赤阪清隆    2025年4月17日(木) 10時30分

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トランプ米大統領による一連の関税引き上げが連日世界を震撼させている。

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トランプ米大統領による狂気の沙汰ともいえる一連の関税引き上げが、連日世界を震撼させている。トランプ大統領は2日、世界各国からの輸入品に対して一律10%の関税をかけた上で、国ごとに異なる税率(相互関税)をかけると発表した。日本に対しては合計で24%の関税が課せられた。これに対し、中国が米国からの輸入品に報復関税をかけたことから、トランプ大統領は中国に対してさらに追加関税を上乗せしたが、中国も同様に追加関税をかけ、米中間の関税の応酬合戦が続いた。

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「相互関税」の発表後、世界の株式や金融市場が大きく揺らいだのを受けて、トランプ大統領は9日、報復措置を取らない国に対しては、「相互関税」の適用を90日間停止すると発表した。報復措置をとった中国に対しては、追加関税を合計で145%にまで引き上げるとともに、中国側の今後の出方を注視する姿勢を示した。中国も対米追加関税を125%まで引き上げたが、報復関税の打ち止めも宣言した。

米国のこのような一方的な関税引き上げは、世界貿易機関(WTO)のルール違反の可能性が高い。米国は国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく巨額の貿易赤字と国内産業の空洞化阻止を根拠にしているが、WTOの紛争処理手続きにかけられれば、過去の事例からしてWTO違反の裁定が下されるであろう。また、国ごとに異なる関税率は、WTOの基本ルールたる最恵国待遇の明らかな違反だ。

「相互関税」の根拠に使われた各国の現行の関税率は非常に不正確、恣意的なものだ。WTOによれば、日本の関税率は全品目平均3.7%で、中国の7.5%やEU(欧州連合)の5%などと比べて相対的に低く、米国の3.3%と水準は近い。日本の農産物の関税率は、コメやこんにゃくなど比較的高いものもあるが、経済協力開発機構(OECD)のデータでは11.7%で、EUの20%よりも低い。トランプ大統領は、日本の関税率を46%と計算しているが、このような大きな数字は初耳だ。英エコノミスト誌は「いいかげんな決め方で、名前の母音の数に応じて課税するのと大差がない」とこき下ろしている。

WTO

そもそも米国は、WTOの前身たるガット(関税および貿易に関する一般協定)の生みの親であり、一連の多国間貿易交渉を先導してきたグローバル・リーダーだった。トランプ大統領は、「タリフ(関税)というのは美しい言葉」とうそぶいているが、関税は、そもそも関税障壁と言われるように、輸入制限などの非関税障壁と並ぶ貿易の「障壁(バリヤー)」であり、いわば汚い(ダーティーな)言葉としてこれまで取り扱われてきた。だから、その障壁を取り除くために長年にわたって、米国をはじめ多数の国の間で関税引き下げ交渉が行われてきた。トランプ関税は多くの国のこれまでの必死の努力の成果を無にするものだ。

一方的な関税の引き上げは、しばしば貿易相手国からWTOルール違反として紛争処理手続きに提訴される。問題の措置について紛争パネルがWTO違反の判断を行った場合には、提訴国は当該措置の撤廃を求め、それが通らない場合には対抗措置を発動する権利を得る。これに不服な当事国は上級委員会に上訴できるが、上級委員会の人事は米国の反対にあって空席になっており、審理ができない状態になっている。したがって、たとえWTO違反と判断されても、米国が上訴すれば上級審で宙ぶらりんの状態に置かれてしまう。実際、2018年の米国の鉄鋼・アルミニウムへの追加関税は、中国などが提訴し、WTO違反との裁定があったが、米国が上訴したため未解決のままになっている。

このようなWTO紛争処理手続きの機能不全にもかかわらず、自由貿易と法の精神を重視する日本のような国は、他の国々と共同歩調をとってWTOに提訴すべきだ。現実的な解決にはつながらないかもしれないが、不正をただすという政治的な意味合いは大きい。また、他の有志国との連携や国際会議などを通じて米国に対する圧力を強化すると同時に、米国以外との貿易取引を増やすことを急ぐべきだろう。

EU

今後3カ月の間に、トランプ大統領は各国との交渉によるデイールで最大限の具体的利益を得ようとするだろう。「相互関税」なるものは、そのための脅かしだったという解釈もあり、早晩雲散霧消する類のものかもしれない。しかし、交渉が妥結しなければ再度現実のものとなり得る。したがって、交渉のテーブルには、デイ―ルの材料を提示する必要があり、それは、米国が喜ぶような譲歩案もあれば、米国も痛みを感じるような措置(例えば投資の削減)というのもあろう。日本としては、欧州諸国や中国などの対応も見守りつつ、米国に再考を迫るに足りる効果的な方策を検討する必要がある。

報復関税措置については、日本の場合、関税定率法第6条に基づき、WTO紛争手続きの承認を受ける必要がある。報復措置は日本自身にも有害な影響を及ぼし得る。また、中国との関係にみられるように、トランプ大統領が引き下がるどころか強硬姿勢を強めて状況を悪化させる可能性が高い。いずれにせよ、安全保障を米国の核の傘に頼っている日本が、米国を相手に大規模な報復措置をとるというのは、政治的にも実際上も困難であり、交渉による解決を目指すしかない。

振り返ってみれば、1929年10月24日の「暗黒の木曜日」に起きたウォール街の株価大暴落を契機として、世界経済は連鎖的な大不況に陥った。1930年に米国が農業保護のための高関税や輸入制限などを導入する「スムート・ホーリー関税法」を成立させ、各国も保護主義的措置の応酬を行った。その結果、世界貿易は阻害され、1932年の主要75カ国の総輸入は1929年の4割以下にまで減少した。主要国が排他的なブロック経済を構築した結果、自由貿易は阻害され、不況が長期化し、各国の経済ナショナリズムの台頭、ブロック相互間の政治的・経済的な摩擦を強め、その結果第二次世界大戦を引き起こす一つの要因となったと言われる。

今また、トランプ大統領の狂気ともいえる関税政策によって、世界経済は大きく揺れ動いている。株式市場や金融市場の混乱、各国経済の成長下ぶれ、失業者の増大、インフレを伴ったスタグフレーションなどの到来が懸念される。「歴史は繰り返さないが韻を踏む」と言った人がいるが、悪夢の歴史が繰り返さないことを願うばかりだ。

■筆者プロフィール:赤阪清隆

公益財団法人ニッポンドットコム理事長。京都大学、ケンブリッジ大学卒。外務省国際社会協力部審議官ほか。経済協力開発機構(OECD)事務次長、国連事務次長、フォーリン・プレスセンター理事長等を歴任。2022年6月から現職。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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